番外編 夫に猫を被るワケ⑨
「さあ、出かけるわよ」
朝食を食べ終えて、お茶を飲んでいると義母のエレーナが食堂へと荒々しく現れた。
ジルクリフを見送って朝食の席についたので、いつもアイリシアが最後まで食堂に残ることになる。今日は義姉が付き添ってくれたので、ゆったりと話しながら楽しい朝食になった。
そこへ現れた義母に、二人できょとんと視線を向ける。
「どちらへ行かれるのです?」
「もちろん、街よ。買い物するわよ! 私、娘と買い物するのが昔からの夢だったの。シアとオーリアに服を買いに行きましょう。財布はもちろんひっぱっていくから安心してね。荷物持ちも至急呼び出しているところよ」
財布は引っ張れるものなのだろうか、アイリシアは内心で首を傾げたがエレーナの勢いに疑問を口にするのは難しい。
オーリアは息巻くように義母に追従する。
「まあ、嬉しいわ、お義母さま! 私もシアに似合うものを見繕わせてくださいな」
「もちろんよ! あなたたち支度をお願いするわね」
それぞれの傍付きの侍女に、義母はにっこりと笑った。
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街で買い物を楽しんで食事を終えると、次にエレーナは商店街から少し離れた場所へ馬車をつけた。
木造の簡素な店だが、店内の様子はよく見えない。
「ここはなんのお店ですか?」
「ガラス工房よ。ビーズでネックレスとか腕輪を作ってくれるの。裏には工房があって手作りもできるのよ。ほら、もうすぐ馬術大会でしょう? ジルクリフにお守りを作ってくれないかしら?」
馬術大会に参加する者は、恋人や家族からお守りをもらう。それをつけて試合に臨むのだが、ジルクリフが毎年装飾をつけているのを見た覚えがない。
てっきり飾りをつけることを嫌っていると思っていた。
密かにプレゼントできたらいいな、とは考えていたのだが。
「あの子ったら、面倒ごとはキライだとか言って今までお守りをつけてくれなかったの。さすがに妻からのお守りは断らないと思うのよね」
「一つ受け取れば、あいつの腕やら首周りもお守りだらけになりますからね」
「屋敷に送られてきたものを何度も送り返していたな」
ラドクリフが苦笑している横で、義父が憮然とした表情で佇んでいる。
「では私もラドさまに素敵なお守りを送らせていただきますわ」
「楽しみにしてる」
ほほ笑みあう義兄夫婦に、アイリシアは思わず視線を向けてしまった。
「旦那さまは喜んでくださるでしょうか…」
「もちろん。アイツひねくれているけれど、こんなに可愛らしいお嫁さんからのプレゼントを無碍にするような弟じゃない」
「はい、頑張って作ります」
アイリシアは店に向かって意気込むのだった。
腕輪を作っている店は販売している店舗の裏が工房になっているらしく、店に並んだ品物を買うこともできるし、自分で工房で作ることもできる。
公爵家勢ぞろいで工房を貸し切りにしているので、心おきなく作れるとエレーナが胸を張る。
工房に案内されると、大きな作業机が4つ並んでいた。その机の上にはいろいろな鉱石やガラスビーズが並べられている。
店員の少女が丁寧に作り方を説明してくれたので、それぞれのテーブルについて作業を進める。
「あの、怪我をしないようなお守りにしたいのです」
「馬術大会での優勝を祈願されるとお聞きしましたが…」
「あ、それはあの、そうなんですけれど。やっぱり無事に怪我なく帰ってきてほしくて」
「そうですか。ううーん、でも赤と緑で大丈夫ですよ。丸いものや四角い物、それ以外の形もいろいろありますので、好きに組み合わせてください。見本は壁に掛かっていますから、参考にしてくださいね」
まずは使う鉱石やガラスを選んで配色を選ぶ。そのあと、紐にビーズを通すだけなのだが、配色や柄などを選ぶだけでも、すごく時間がかかった。
ジルクリフの腕に似合うものを送りたいと頭を悩ませた結果だ。
それに怪我のないように祈りを込めて、丁寧に作業を進めたため一番最後に完成した。公爵家の面々は完成した腕輪を掲げ頬を染めるアイリシアを温かな目で見つめるのだった。
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