第21話 染み入る光に
馬術大会当日の朝はすがすがしいほどの晴れ間だった。
今日という日を祝福されているかのような、澄み切った青い空の下、ジルクリフは屍のような部下たちを見下ろす。
生気を欠いた、虚ろな瞳がぼんやりと自分を見つめている。
揃いも揃って、表情は暗く顔色が悪い。
イライラとジルクリフは部下を眺めた。
「お前たちは、本当になんなんだ??」
「お幸せな隊長には俺たちの気持ちなんてわかりませんよっ」
一人が噛みつけば、そうだそうだと全員がうなずく。
「状況を説明しろっ」
やや後ろに控えた副隊長を仰ぎ見れば、彼は力なく肩をすくめるだけだった。
「ご勘弁を…」
意味がさっぱりわからない。
ジルクリフはおもむろに腰に佩いた剣を鞘からすらりと抜くと、地面にざくりと突き立てた。
「お前たち、今日が何の日かわかっているのか?」
部下たちが一斉にぎくりとし、青銅隊隊長である自分を窺いみている。
「今日は赤銅隊の面々に、日ごろの成果を見せつける絶好の機会だろうが。まさか、やつらに後れをとるとは言わせないぞ」
「は、はい」
「声が小さい!」
「はいいい!!!」
こうして、一同は会場を入りをようやく果たしたのだった。
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ヘンリックスに回廊で捕まった後、あの牛男は大きな背中を丸めて部下たちに宥められながら去っていった。それからは彼に絡まれるということもなく、特に大きな問題も起きずに過ごした。
だが、部下の士気は一向に上がらない。今年こそ、赤銅隊と青銅隊の差というものをみせつける絶好の機会だというのに、だ。
「本当に一体、どうしたんだ…?」
青銅隊に割り当てられた陣営の中で俺は思わず唸った。
馬術大会は午前が速駆け、流鏑馬、騎馬戦の団体と個人の予選、騎馬戦以外の決勝戦、午後が騎馬戦の団体、個人の決勝戦だ。ジルクリフは騎馬戦の昨年の優勝者なので予選は出場せずに午後の決勝戦から始まることになる。そもそも騎馬戦しか出場を許されていないので、午前中はすることがない。
部下の応援に力を入れていたのだが、目の前に繰り広げられた試合にひたすら呻くしかできなかった。
それもそのはずで、午前の部は散々な結果だった。青銅隊の面々はことごとく集中力に欠け、初戦で敗退している。決勝に残ったのは流鏑馬と騎馬戦個人で副隊長が、速駆けでアーバンくらいだ。流鏑馬と速駆けは午前中に決勝戦が終わるので、二人とも準優勝となっている。
上位3位までが入賞となるが、昨年はもっと入賞者が出たはずだ。実力的にも申し分ないと思っていたが、この結果である。
アーバンは妻を王宮に連れてきたときに、国王の警備についていたので唯一妻に会っていない人物だ。まさか呪いの猫娘の力が発揮されたのか、ふと手元の腕輪に視線を送ってしまった。
歴戦の中で最低の記録だ。
だが戸惑いが大きいのは、なぜか赤銅隊の面々も活躍できていない状況だったからだ。なんせ隊長のヘンリックスがまさかの全種目初戦敗退という残念な記録をたたき出してしまい、隊長職を危ぶまれるという事態に、彼の部下たちが動揺したのが大きな要因だった。
黄銅隊と白銅隊が活躍しているので、それほど馬術大会自体は盛り下がっていないが、賭けは大荒れになっているらしい。
国王からの叱責が目に浮かぶ。
「とにかく、お前ら…午後はもう祝賀会まですることがないんだし…」
家にでも帰って休んでいろと続ける言葉はコンコンという控え目なノックの音で途切れた。
ベンエルがすかさず扉に向かう。
扉から入り切れない顔を見せたのは猫のはく製の頭だ。
いや、妻だ。
「あの、隊長、奥様がいらっしゃってますが」
「見ればわかる」
にこやかに振り返ったベンエルに、憮然と答える。
立ち上がって副隊長の横に並べば、彼女は大きな包みを差し出してきた。
横には侍女のエマの姿もある。
「皆さまで食べていただこうと、あの差し入れです。お昼ご飯まだですよね?」
「え、ああ。ありがとう。だが―――」
「ありがとうございます、奥様」
そういえば家を出る前に、昼ごはんを差し入れしたいと言われていたことを思い出した。料理長とエマと妻の三人でいろいろと計画して作るのだと嬉しそうに話しかけてきたのだった。
てっきり自分の分だけだと思っていたが違ったようだ。
部下たちはもう家に帰そうとしたところだったと告げようとしたが、ジルクリフの言葉にかぶせるように、ベンエルがさっさと包みを受け取った。
「え、おい。副隊長?」
「喜べ、隊長の奥様からの差し入れだ!」
戸惑う自分は置いてけぼりになり、部下たちの心からの慟哭が部屋にこだましたのだった。
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