第13話 そうして溶けて消える

青銅隊の控室に戻ってくると妻の姿は、そこにはなかった。

だが滂沱の涙を流した男たちに囲まれてしまった。

ちなみにすべて部下だ。騎士らしい大きな体に囲まれるのはただでさえ鬱陶しいのに、男の泣き顔など見ていて見苦しいものはない。

それに囲まれるのだから、ジルクリフは辟易した。思わず一歩さがってしまった。扉から外に飛び出さなかっただけでもよしとしてほしい。

しかし、彼らは一考せず詰め寄った。

あっという間に暑苦しい男たちに囲まれてしまう。


「たーーいちょうーーっ、あんたは人でなしだっ。あんただけは違うって信じていたのに!」

「あんないい娘もらって、なにが不満なんだ…」

「許すまじ、男の敵だ! この冷血漢!!」

「うらやましい…うらやましい…」

「馬が一番だとかしおらしいこと言っておいて、あんなに可愛い嫁をもらうなんて卑怯だっ。この嘘つき!」


皆、口々にまくし立てている。恨みがましい視線に圧倒されてしまった。

青銅隊の面々は国王付きの近衛部隊だけあって実力も家柄も申し分ない者たちばかりだ。彼らは常に落ち着いており、周囲の状況を落ち着かせることに長けている。

それが見る影もなく、暴走しているのだ。

これほど混乱している部下たちを見るのは初めてといっても過言ではない。


「一体なんだ?! 何があったんだ??」


一人冷静な副隊長に目を向ければ、彼は心底、困ったような顔をして肩をすくめた。


「まあ、隊長の奥様が原因なのですが…」

「また、彼女か?!」


家の者たちばかりか、職場まで彼女の呪いに感染してしまったのか。

あの猫娘、本当に侮れない。

部下たちは昨日までは呪い姫を嫁にしたジルクリフに同情さえしていたというのに。

内心で頭を抱える。

たった一刻ほどその場を離れただけだ。それが、ここまですさまじく変化するとはどういうことだ。

軽い人間不信の自分にも隊長として受け入れてくれた気のいいやつらだったのに。

職場環境まで悪くなったらどうしたらいいんだ。居場所がどんどん彼女に奪われていく。


部屋においてあるテーブルの一つに、ぽつんと置いてあるのは彼女が差し入れた焼き菓子だ。

エマに作ってもらったと嬉しそうに持ってきていたが、それが食べかけで置いてある。

まさか、あれに幻覚作用の薬でも入っていたのか?

はく製ばりの猫の被り物が可愛く思えるなんてどれほどヤバイ薬なんだ。

思わず疑いたくなるほど、彼らは正気を失っている。


「とにかく、いったん落ち着け―――」

「隊長ーーーー」


目の前の男たちを必死で押しとどめていると、後方の扉がバタンと開けられてまた部下が2人入ってきた。

彼らの血走った目に、若干の恐怖を覚える。

退路を完全に塞がれた!


「なんだ、どうしたんだ?!」

「あんた、悪魔だっ。血も涙もない、ばけものだ!」

「奥さん、まじ妖精だああああーーーーーっ」

「なんの話だっ?!」

「彼らは奥様を王妃殿下のところまで送っていった者たちですね」


ちなみに誰が奥様を送るかでも揉めたんですよ―――。

副隊長の落ち着いた声が、怨嗟の声の中静かに響いた。

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