番外編 夫に猫を被るワケ⑥
今日は青銅隊の詰所へとやってきた。
王都から屋敷に戻ってすぐに、買ってきたナガーナをエマに見せる。ついでに明日、ジルクリフの職場に行くことを告げれば、エマはぎらついた笑顔で焼き菓子を作ってくれるという。
笑顔の意味はわからないが、礼を言うとメイリアが思う存分にヤってしまいなさいと大きく頷いている。やはり、意味がわからない。きょとんとしているとメイリアは男は胃袋掴んでマウントポジションとればいいんです、とこれまたよくわからない説明をされたがシアさまはそのまま可憐でいてくださいねと微笑まれて終わった。
今、ジルクリフは国王に呼ばれているらしく、部屋にはいない。
彼がいなくなると聞いた瞬間の、青銅隊の騎士たちの動揺はすさまじかった。
夫がこれほど慕われているなど嬉しい。
アイリシアは微笑ましげに光景を見守った。
「うるさくて申し訳ありません」
副隊長だというベンエルは伯爵家の落ち着いた男だ。優しげな顔立ちだが、どこか疲れているようにも見える。
「旦那さまはとても人望がおありなのね。仲良しで羨ましいです」
「羨ましいですか?」
「はい。私ももっと旦那さまと仲良くしたいです…」
思わず本音をつぶやいてしまって羞恥で頬が熱くなるのがわかった。アイリシアは被り物を外して、近くのテーブルの上にそっと置いた。少しひんやりした空気が頬を撫でる。相当真っ赤になっているに違いない。
話題を変えるために、その横に置かれていた箱を渡す。
「副隊長さま、こちら焼き菓子なのです。どうぞ、皆さまで召し上がってくださいな」
にっこりと微笑めば、なぜか場は静まり返っていた。
騎士たちに甘いお菓子など、あまり喜ばれなかっただろうか。
「ええと、日ごろ旦那さまと一緒に頑張っておられる皆さまへの感謝の気持ちを込めて…私の侍女が料理長と一緒に作ってもらったものなのですけれど……皆さま、お嫌いでした?」
エマは男の人も食べやすいように料理長と相談して塩味の強いお菓子にしたと言っていたが、ダメだっただろうか。お菓子じゃなくて食べ物にしてもらえばよかった。エマがすごく張り切ってくれたのに、どちらにも申し訳ないことをしてしまった。
思わず瞳を潤ませると、横にいたベンエルが慌てて口を開いた。
「ああ、妖精さん…泣かないでください……いえ、すみません。大丈夫です、雑食なんでなんでも食べますよ」
「雑食? ふふ、皆さますごいんですねぇ」
ベンエルなりの冗談だろうが、気遣ってもらったことが嬉しくて笑いがこぼれる。目元の涙をそっとぬぐって視線を前に向ければ、その途端、もう一度場の空気が固まった。
何か失礼をしてしまっただろうか。
瞳を瞬くと、隣にいたベンエルが恐る恐る声をかけてきた。
「あの…失礼ですが奥さま。被り物は外せるのですか?」
「はい? あ、あの瞳の色が違うので呪いだとか言われるんですけど、そんな力はないんですけど…あまり失礼にならないように被り物をしているのです…旦那さまにも嫌われると思いまして…」
「そんなことはないと―――」
ベンエルが否定しようとした言葉は男たちの怒号にかき消された。
「うおおおー妖精さんは尊い! 許すまじ、隊長!」
「そうだ、隊長は血も涙もない!」
「こっんな、可愛らしい小さい生き物になんたる仕打ち!」
「なんであんなに嫌そうなんだ…あの人でなしめ」
「隊長だけは違うと信じていたのに…!!」
「え? え? あの、私が勇気がなくて被っているだけなのです…それにすぐに顔が赤くなってしまうので被ってる方が安心するんです。だから、旦那さまは何も悪くないのです」
「「「ははああああ…まじ可憐だあ……」」」
必死に誤解を解こうとするが、男たちはわかってるわかってると頷くだけで悪いのは隊長だ、の一点ばりである。
困って副隊長を見やれば、彼は力なく苦笑している。
「ああ…騎士ってのは思い込みが激しくて、小さいものが好きな情熱家が多いんですよね…しばらくすれば収まりますので」
とてもすぐに収まりそうには思えないが、いつも見慣れている彼が言うのだから間違いはないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます