第4話 仮装舞踏の行進に

「陛下、どういうことですか?!」


ジルクリフは執務室に飛び込むなり、書類に埋もれている悪友に詰め寄った。

ファン=ベルケン公爵家からどうやって戻ってきたのかとんと記憶にない。とにかく一刻も早くグリナッシュに文句を言いたかった。


結婚を受け入れることは決めたが、文句を言わないわけではない。

そもそも、どういうつもりであんな相手を寄こしたのか、理解に苦しむ。いや、明らかな嫌がらせだろう。だとしたら、自分がいったいどんな失態をしたというんだろうか。


諦めてはいるが、少しでも事態が好転するように悪あがきを開始した。

だが、彼は少しも悪びれた様子はない。


「いい相手だろう? さすが俺だと思わないか」


楽しげに笑った男は、いたずらが成功したような晴れやかな顔だ。

殴ってやりたいと思ったのも許されるはずだ。

思わず拳を握りしめたが、冷ややかな声が冷静さを思い出させた。


「だから、私は反対だと言ったはずだぞ。どうせお前のことだから、相手を見て断る口実でも考えようと思ったんだろうが。毎度、その浅慮が身を滅ぼすと知っているだろうに」


いつも勢いで行動しがちなグリナッシュとジルクリフの二人の面倒を見ていたアルドからの痛烈な言葉には黙るしかない。


「そもそもこんなに楽しげなコイツの用意した相手だぞ。断れるわけがないだろう」

「いや、でもまさかあんな娘だとは思わないでしょう?!」


想像のはるか上、というか予想の範疇外だ。誰が見合いの顔見せで巨大な猫の被り物をかぶってくると思いつくだろう。


「おまえ、ファン=ベルケン公爵の呪い姫の噂を聞いたことがなかったのか?」

「呪い姫?」


怪訝そうに聞き返した俺にアルドがあきれ返ったように告げる。


「なんだ、てっきり知っていて受けたのかと…公爵が外に娘を出さない理由の一つだ。娘の呪いを広めないためだとか。まあ所詮は噂にすぎないが、実際に彼女は屋敷からほとんど出ないらしい」

「なんて相手を俺に寄こすんです?!」

「はははは!」


そもそも呪いってなんだ、猫の被り物を被らないと落ち着かないとかだろうか。仲間を増やしたいとか?

そういえば外すと死ぬんだったか。ということは、ジルクリフも被り物をしなければ生きていけない体質になってしまうのだろうか。


真っ青になった途端、心底楽しいと言いたげに国王は腹を抱えて笑った。


「お前、嫌悪感はないだろう?」

「は? 嫌悪感、ですか?」


あの猫の少女に対する感情に、そんな普通の思いは抱かないだろう。

恐怖とか畏怖とかならばまだわかるが。

得体がしれない。その一言につきる。

あれを、好きか嫌いかと聞かれても返答に困る。だからファン=ベルケン公爵に気に入ったかと問われても素直にうなずけなかったというのに。


「ほとんど人間不信だからな、お前は」


グリナッシュの言葉には何も言い返せない。心当たりがないわけではないからだ。

公爵家の三男で、近衛の隊長まで務めているジルクリフに、気心の知れた友人は驚くほど少ない。気を許した馬の数のほうが圧倒的に多い。


暇があれば王都のはずれの叔父が経営する牧場で馬に囲まれて過ごしているのだ。野生の馬を探して草原や山を駆け回ることもある。

ついたあだ名が馬バカ隊長だ。


「だから、俺がお前のために嫌悪感を抱かない嫁を用意してやったんだ、感謝しろよ?」

「ナッシュ、偉そうにするな。ただ混乱しているだけだ、ジルは。後で我に返ったら後悔するぞ」


それぞれの愛称を呼びながら、アルドは肩をすくめる。


「そんな時間を俺が与えるわけないだろう。お前の結婚式は一ケ月後だ」


アルドに向かって不適に笑った陛下は、そのまま驚愕の事実を告げた。


「はあ?!」


民間人の結婚式はよく知らないが、貴族の結婚式で一ケ月の準備期間など短すぎる。ドレスの用意から式場の手配、参列者の招待状などやることは山積みだ。それ以外にもジルクリフが考えも及ばないような準備があるに違いない。


「式場は抑えてあるし、ドレスも仕上がっているぞ。招待状はこれからだが、まあ近い親族だけでもお前は文句言わないだろう?」

「なんでそんなに準備がいいんですか?!!」

「お前が逃げないために決まっているだろう」

「だから、偉そうにするな」


呆然とした自分に同情するように、アルドがグリナッシュをたしなめている。


「ジルはバカだからな、考える前に囲んでおかないとすぐに逃げ出す。囲い込まれたら諦めるだろう?」


さすがは25年付き合っている幼馴染みだ。

完璧に性格を読まれて、ろくな反論もできずにうなるしかなかった。

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