追記① 第一回円卓会議
春が訪れたファン=ベルケン公爵領にある屋敷の一室で、十数人の男たちが集められていた。彼らは選び抜かれた領民たちではあるが、どこか物々しい雰囲気を醸し出している。
丸い大きな円卓についた男たちの表情は硬く、険しい。
それもそのはずで、彼らが長年守りはぐくんできた少女の結婚が決まってしまったのだ。
「姫さまがご結婚なさるとは…」
「いや、いつかくるとは思っていたが、実際にこうしてくると…っうう」
「まさか16歳で嫁がれるとは…15歳になったとたんに発表しなくてもいいだろうに」
男たちは嘆き、悲しみ、苦痛をこらえるように俯く。
そんな騒然とした部屋にぱんぱんと手が叩かれた。
「静かに。これよりお館さまよりお言葉を賜る。お館さま、どうぞ」
顔役の男が促せば、窓を背にして座っていたファン=ベルケン公爵が重々しく口を開いた。
「皆、今日はよく集まってくれた。細工師、服飾、陶器、裁縫、絵画など各分野の専門家たちがこうして一同に集ってくれたことを大変ありがたく嬉しく思う。もうすでに聞き及んでいるだろうが、この度、我が娘、アイリシアの…け、結婚が―――っ…」
「お館さま、頑張ってください!」
「ああ、取り乱してすまん。こほん、改めて…娘のけ、結婚が、決まったのだ……憎い相手はジルクリフ=ベルツ=ファーレン、公爵家の三男だ。青銅騎士隊の隊長をしている男で、私に言わせればまだまだ若造だが…強いアイリシアの希望で…王からの推薦もあってな、この度のことが決まったのだが…娘が言うには、彼はものすごい馬好きだそうで。一年後の娘の結婚式までにシアが被れるような馬の被り物を作ってほしいのだ」
「う、馬…?」
「馬ってかわいいか?」
「いや、馬はかわいい?かはおいておくとしても、なんですか、うちの姫さまが可愛くないって先方が言ってるってことですか?! うちの姫さまに被り物被らせるだなんてあんまりだ…」
「なんだと、それは許せん!」
「いや、うちのシアが可愛くないわけないだろう! そうじゃなくて、相手が尋常じゃないほどの馬好きらしい。むしろ人間嫌いで馬が好きなほどの馬好き男なんだと国王が言っていた」
ファン=ベルケン公爵が力説すれば一同は一瞬静まった。
まさかアイリシアの美貌をもってしてもなびかない人間がいるとは想像できないが、それほどの馬好きを唸らせるほどの被り物を作らなければならないとは、ものすごい重圧だ。しかも製作期間は一年しかない。時間は限られるが、愛する姫のためにハイクオリティのものを届けたい。
「いやお館さま、馬っていっても人が被るならそれなりの軽さが必要だが、実物大ですらあの大きさと首の長さだ。当然、それだけ重くなる。被るとなると尚更、姫さまに負担がかかりますが」
「そもそも形がだめだ。前に傾いた重心をどうやって支えるんだ」
「いっそのこと、形状を変えればいいだろう。丸い形にすればいいんじゃないか」
「丸い馬は馬じゃねぇ。それはクマだろう」
「茶色で丸ければそうかもなあ。だいたい、馬が可愛いか。俺は犬のほうがいい。しっぽ振って寄ってくるだけで物凄く可愛い」
「それなら、猫だな。つれないところがいいんだ」
「いや、兎でも可愛いぞ。姫さまの兎姿なんて素晴らしいはずだ」
「色ボケ爺がふざけたことをぬかすな! お前の趣味はどうでもいいんだ」
「うるせぇ、お前こそ何が犬だ!」
騒然とする場に、いいことを思いついたとばかりに公爵の声が割って入る。
「ここはいっそ壺とかどうだ?」
「つ、壺?! お館さま、ご自身の趣味を取り入れるのはいかがかと…」
「いや、壺はいい案かもしれん。真っ白な壺に穴を開ければ大層美しかろうに」
「壺に穴開けるとかふざけるな! 陶工の俺たちを侮辱してんのか?!」
「いやいや、そもそも馬の被り物って話だっただろうが…」
「そうだ、相手は馬好きなんだろう? そもそも馬っていうのはあの形が可愛いんだろうが」
「え、お前も馬好きなのか…?」
こうして十数人の男たちの会議は迷走していく。
最終的に猫の被り物に決定するのはまだまだ先の話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます