第24話 青白く細い月の光
朝になりいつもの国王の執務室に顔を出すと、にやにやとした笑いのグリナッシュが視界に飛び込んできた。
「うまくいったんだろう、感謝しろよ?」
「そもそもの原因は陛下でしょうが…まあ、でも感謝はしています。あの娘を俺の妻にしていただいてありがとうございます」
「珍しく素直だな」
気持ち悪そうに顔を顰めた国王にも苛立ちはわかない。
やはり原因不明のイライラは妻が原因だったようだ。
解決した今はすっきりとした気分だ。いっそ清々しい。
「授賞式をすっぽかした謝罪がないな、ジル」
「それに関しては、すみませんでした」
アルドが苦虫をかみつぶしたような顰め面をしているので、反射的に頭を下げる。
三男は空気を読む術は長けているのだ。
「まあ、お前が幸せならいい。よかったな」
兄貴分としては心配していたのだろう。表情を和らげて微笑んでいる彼は珍しく穏やかだ。感心したようにアルドが口を開けば、グリナッシュが後に続く。
「しかし本当にお前の妻はすごいな『王宮の妖精』と呼ばれるだけはある」
「はあ、なんです、その呼び方?」
「昔からリンのところに出入りしていた謎の美少女の話だよ。あまりの美しさに妖精だとか言われて騎士たちがみんな骨抜きにされていたって、聞かなかったのか?」
「初めて聞きましたが…」
「お前、昨日なぜ赤銅隊や青銅隊があんな散々な結果になったと思うんだ。なにか心当たりはないのか」
「そういえば、やけに調子が悪いというか、覇気がないというか…うちの連中はともかく赤銅隊は肝心のヘンリックスが初戦敗退だったから部下も調子が狂ったんじゃないですか?」
「お前、もう少し周りを見たほうがいいぞ」
呆れたように国王がため息つけば、眉間の皺を深く刻んだ宰相がジルクリフを睨みつけてくる。
「彼女は一般の観戦席から毎年青銅隊の試合を見ていたんだ。もちろん応援していたのはお前だが、そんなこと知る由もない騎士たちにとっては存在しているだけでさぞ励みになっただろう。それが、今年は人妻だ。やつらの士気も下がるだろうさ」
「はあ?」
「ちなみにヘンリックスの初恋はお前の妻だ。リンのところに向かう途中の回廊でハンカチを拾ったとかで、やたらとつきまとわれていたぞ。もう5年くらいになるかな。彼女が人妻になったと知ったからヘンリックスも傷心で試合はボロボロだ。しばらくは立ち直れないんじゃないか」
「はあああ?」
以前に部下やヘンリックスに絡まれた理由がようやく明らかになったが、だからといって納得ができるはずもない。
「あいつら人の妻に何を考えているんだ?!」
「お前からそんな単語が出ることも驚きだが…変わりように呆れればいいのか、怒ればいいのか複雑だな」
「そこは一応、喜んでやれ」
書類の束でポカリとアルドがグリナッシュの頭を叩く。
気にした様子もなく、国王ははあっと息をつく。
「以前にお前に聞いただろ、彼女の好きなものは何かって。あれはさ、お前なんだよ。もう昔っから、馬鹿みたいにジルの話を聞かされてな。お前が優勝した時の話から日頃の訓練の話まで、俺にとっては本当に悪夢のような日々だったわけなんだ。なぜ俺がお前を褒める話を延々聞かされなきゃならんのだ。だから、素直に浮かれているお前を見てると腹が立つというか…」
「それ、私は悪くないでしょう?」
「幸せなんだから、いいじゃないか。少しくらい俺に八つ当たりさせろ」
「嫌ですよ!」
「馬鹿なこと言ってないで仕事しろ、書類は溜まっていくばかりだぞ」
アルドの目がつり上がった。これは雷が落ちる少し前の態度だ。ここでもうひとつ騒ごうものなら、確実に絞られることはわかっている。
グリナッシュと目を合わせてそっと頷く。
二人の幼馴染みのことなら大抵のことはわかるのだが、自分の妻についてはやはりまだよくわからない。
相変わらずジルクリフの前では猫の被り物を被って生活している少女を思い出しながら思わず笑いを噛み殺す。
朝に食堂で会った時は被り物をしていても、物凄い勢いで逃げられた。あまりの素早さに身動きできなかったほどだ。
小さくなっていく後ろ姿を見送ったのは、今思い出しても笑えてくる。
さて家に帰ったらどう追い詰めていこうか。
可愛い妻は、どんな瞳を向けてくれるだろう。
窓越しに青い空を見上げながら、ジルクリフは楽しげに喉を鳴らすのだった。
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