番外編 夫に猫を被るワケ⑧
白宮の入り口を固めている白銅隊の近衛の女性騎士に近づくと、にこやかにほほ笑まれて中へと案内される。
青銅騎士の二人に礼を言って、白宮へと足を踏み入れた。ちなみに猫の被り物はきちんと騎士から騎士へと渡されている。
「話には聞いておりましたが、よくできた被り物ですね」
「我が家の財と技の集大成だと伺っております」
「それはそれは…」
顔見知りの白銅隊の女騎士が苦笑している。
「大切に運ばせていただきますね」
「よろしくお願いします」
「ではシアさま、妃殿下より話は承っていますよ。このままお進みください」
まっすぐに伸びた回廊を示されたので、促されるまま入り口をくぐる。回廊の横には庭園が広がっており、その真ん中に白い東屋がある。
白宮は代々国王の家族が住む宮殿だ。今は年若い妻のためにかわいらしい装飾や柔らかな曲線で溢れている。東屋も若い女性が好みそうな装飾に、色とりどりの花が飾られていた。
国王の愛で溢れていると、アイリシアはいつも微笑ましく思う。
「こんにちは、リンさま」
「ああーん、シア! 待ってたわ!! ほら、座って座って」
東屋でお茶をしていた少女が顔を上げて、歓声をあげた。
国王妃であるリンダリア=カテ=アル=エルジアスは16歳だ。
黒髪に黒曜石の瞳をした異国情緒あふれる少女である。恰好こそ、この国のドレスだがところどころの装飾はクナイのものだ。
それが彼女によく似合っている。
向かいの席を勧められたので、そちらに腰を落ち着けるとすぐにお茶が運ばれてくる。
「お加減はいかがです?」
「あんまり動かせないから、退屈なの! 結婚式に行けなくて本当にごめんなさい。というか、行きたかった! ナッシュさまに聞いても面白かったとしか言われないからよくわからなくて」
怪我した足をぷらぷらとさせながら、リンダリアがため息をつく。彼女は王宮を走っていて転んで捻挫してしまった。過保護な国王が外出禁止を言い渡したので、結婚式にも出席できなかったのだ。
しかし結婚式の感想が面白いだなんて、さすが国王だ。あまりに彼らしい言いように、アイリシアは吹き出してしまう。
「楽しんでいただけたようで、よかったです」
「よくない! もう一回やってほしいくらいだわ」
「それはちょっと…あの、恥ずかしいので…」
ジルクリフと並んで皆の前に立つなど、極力控えたい。心臓が持つ気がしない。
リンダリアはテーブルの端に置かれた猫の被り物をしげしげ眺めつつ、首を傾げた。
「こんな被り物被ってるほうが目立つし恥ずかしいと思うけれど…」
「視界が狭いので便利ですよ? それにとってもかわいいじゃないですか」
「相変わらず、どこか感性がズレてるのよね、シアって。まあ、いいわ。それより新婚生活はどう? 婚約中一度も会いに来なかった彼は優しくしてくれるの? 休みはようやくとってくれたって聞いたけれど」
「ふふ、大丈夫ですよ。昨日は街に二人でお出かけしたんです。これ、お守りですって。安産祈願らしいので、どうぞお持ちください。部屋に飾るといいって聞きました」
「もう、私へのプレゼントはいいのよ! まあありがたくもらうけれど…」
グリナッシュと結婚して九年になる幼馴染みの王妃は子供ができなくて悩んでいる。王妃の責務として子をなすことが重要だと一部の家臣に詰め寄られているからだ。相愛の二人なのだから焦らなくても大丈夫だとは思うが、リンダリアが思いつめているのを知っているので何かしたいと考えていた。
「あと、クナイ産のナガーナという果物を買いました。侍女が焼き菓子にしてくれたので、ぜひお召し上がりくださいな」
「あら、ありがとう。懐かしいわね、小さい頃に向こうでよく食べたわ」
7歳でこちらに来ている彼女の記憶はほんの些細なものだが、いい思い出が多いようだ。彼女の母親にとっては居心地のいいものではなかったようで、この国に戻ってきているが、幼子の記憶の中でもせめて楽しくあってほしい。
「もうだから私のことはいいのよ! どこへ行ったの?」
「その二つだけですよ。果物を買ったら荷物になってしまったので早々に帰ってきました」
「ええっ…次はどこかへ行く約束でもしたの?」
「とくに何も…旦那さまは忙しい方ですから…でも、私は少しでも傍にいられるだけでとても嬉しいです」
「あああ…シアはもう少し我儘になってもいいと思うわ」
「十分に我儘は言わせてもらってますよ?」
「そういうことじゃないの!」
自分の周りにいる人はみんなこういう反応をする。
優しい旦那さまが、年の離れた妻に気遣ってくれて、忙しい仕事の合間に休みをとって連れ出してくれるだけでも十分だとアイリシアは思うのだが。
怒っているらしいリンダリアをきょとんと見つめるしかできないのだった。
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