第7話 さほど陽気ではないらしい

「昨日の夜はどうだった?」


翌朝、執務室に顔を出すなりグリナッシュがにやにやとした笑みを湛えて出迎えた。


「どうもこうも、何もできるわけないじゃないですか?!」

「え、なぜだ?」


心底不思議そうに問われて思わず脱力した。


「むしろなぜできると思うんですか」


別に性癖異常者ではない。目隠しプレイとかはギリできるかもしれないが、被り物プレイはアウトだと思う。

普通に、楽しく気持ちよくなれればそれでいい。


「なんだよ、つまらん」

「陛下を喜ばせるために結婚までしたんだから勘弁してください!」

「ああ? 俺のため??」

「王命でしょうが…」


猫頭の呪い姫との結婚など、通常であれば考えられない。


寝て起きたら夢だったのではないかと思いながら朝食をとるため食堂に迎えば、一番最初に目に飛び込んできた茶色の物体に脱力を覚えたのも遠い記憶だ。

朝食の席でも、家族は無言だった。両親と昨日実家に泊まった次兄夫妻ともに、だ。普段であればもう少し会話がある。

しかし、彼女は朝食の皿にも手をつけていなかった。いつ食事をしているのだろうか。


それとも、食べることができない呪いとか?


「まったく、これだから甘やかされ放題の末っ子は困る」


やれやれと肩をすくめたグリナッシュの横で書類の準備をしていたアルドは丸めた書類でぱしんと執務机を叩いた。


「アンタも似たようなものだ、末っ子。しかし、ジルもいい加減考えろ」


国王には年の離れた姉がいる。すでに他国に嫁に行っているが、弟を可愛がる姿をいつも横で見ていた。兄に可愛がられるよりも、姉にかまわれるほうが優しいし楽しそうだった。


「何をです?」

「考えろと言ってるんだ、人に聞くな」

「アルド、それじゃあいつまでもおバカなジルは思いつきもしないだろう。優しい俺がヒントをだしてやろう。お前の妻の好きなものはなんだ?」

「彼女の好きなもの、ですか?」


猫じゃないのか?

被っているのだから、好きなのではないだろうか。そもそも猫を被らないといけない呪いってなんだ?

被り物ならなんでもいいのか?

彼女の祖先は猫に何をしでかして、このような呪いを受けることになったんだ?

つい暴走しがちな思考を戻して、彼女の好きなものを考える。しかし、これと自分が考えなければいけないことがどうつながるんだ。


「そもそも彼女とはそれほど話をしないので、何が好きかと聞いたこともないのですが」

「は?」


グリナッシュとアルドが声をそろえて聞き返した。国王だけでなく、アルドも驚いている様は珍しい。


「え、お前このひと月何をしてたんだ?」

「仮にもお前の伴侶だろう?!」

「挨拶に行けと命じられてから会うのは昨日で二回目ですし、昨日は式だったのでほとんど話しませんでした」

「夜は?」

「部屋に行って仕事があるからしばらくは相手にできないと言いましたが…」

「やばい、お前がそこまでポンコツだと思わなかった…これって俺が叱られる…っ」

「陛下?」


グリナッシュが若干ひきつった顔で、呻いた。国王を叱れる相手が思い浮かばず、首をかしげる。


「さすがにお前の嫁に同情する…とにかく今すぐ休暇申請出してこい。家に帰ってかまってやれ」

「え、いやですよ」


アルドが眉間の皺を伸ばしながら命じたが、ジルクリフはすぐに拒否する。


「妻がきてから家の中の空気が重くて…あんまり帰りたくないんですよね」

「バカが、そこは努力しろっ。彼女がかわいそうだろう?!」


意外にフェミニストなアルドが怒鳴った。その横でグリナッシュが頭を抱えている。


「しまった、こいつ本物のバカだった。ここまでとは、さすがに気づかなかった」

「なんで俺が叱られるんですか?」

「お前のやっていることは最低だ。押し付けられたとはいえ、彼女を受け入れたのはお前だろう? だったら、きちんとした態度で臨め」

「仕事があるので、かまえないのは仕方がないでしょう?」

「心と姿勢の問題だ。お前、仕事を言い訳にしているだろう。もしくは王命だから妻はイヤイヤ娶ったのだ、と諦めているだろう?」


アルドの言葉のとおりだったので、黙るしかない。実際にその通りだし、仕組んだ相手は目の前にいる。


「コイツがだしたヒントをじっくり考えながら、とにかく二人でどこかにでかけてこい。休みは好きなだけ申請しろ」

「アルド、だめだ。妻を放置して馬に逃げるかもしれん、ジル命令だ。明日は一日、街で買い物してこい」

「わかりました、明日一日だけ休みを申請しますよ」


詰め寄る二人に、しぶしぶうなずくほかなかった。

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