第19話 恍惚にむせび泣く

青銅隊でも馬術大会が近くなるこの時期になるとお守りを恋人や家族から送られている者が多く、普段から身に着けている者や、試合の時だけつける者と様々だ。

ジルクリフはこれまでそういったものを受け取らないようにしていたのだが、部下が自慢しているのを聞いて、なんとなく意味は知っている。

赤と緑の配色は必勝だ。

部下やそれ以外でも、だいたい馬術大会に出る者たちはこの配色を身に着けている。定番配色である。


怪我をしないように、と彼女は言ったが。

ビーズ細工の店主は、勝てば怪我しないだろうというつもりで教えたのかもしれない。

猫の被り物に動転したのかもしれないが、客商売ならしっかりと安全祈願を教えてくれればいいのに。

そもそも腕輪を作っている店は販売している店舗の裏が工房になっているらしく、店に並んだ品物を買うこともできるし、自分で工房で作ることもできる。


工房には家族全員で出かけたと、後で母から教えてもらった。

公爵家勢ぞろいで工房を貸し切り、思い思いの腕輪を作ったらしい。まずは使う鉱石やガラスを選んで配色を選ぶ。そのあと、紐にビーズを通すだけなのだが、配色や柄などで時間だけはすごくかかったと母は笑っていた。

特に呪い姫は選ぶのに時間がかかって、丁寧に作業を進めたため一番最後に完成したそうだ。

そんな長時間店を貸し切りにしたのもどうかと思うが、一緒にいたら家族で配色の意味を訂正してもよかったのではないか。

などと心の中で難癖をつけていると、不機嫌そうに声をかけられた。


「おい、聞いているのか。ジル!」

「なんでしょうか、陛下」


目をしばたいてみれば、眉根を寄せた国王が執務机をはさんだ向かいに座っている。

今日も朝早くから執務室に呼び出されたジルクリフは、彼から説教を受けている真っ最中だった。


「俺の話を聞いていなかっただろう。休暇は妻と過ごすためにあるといっただろう。なんでこの3日もお前は馬と遊んでいるんだ」


ちなみにビーズの腕輪を渡されてからすでに3日過ぎている。腕輪を渡された次の日とその次の日も俺は牧場で馬と戯れていた。昨日家に帰ると、国王からの呼び出し状を携えた部下が家で待っていた。そして、今に至る。

なぜ自分の行動がばれているのかと憮然とした面持ちになるが、普通に考えれば監視者がいて報告されたのだろうなと見当をつける。


「妻の許可がでましたので」

「それはお前が勘違いさせているからだろう? この時期に馬といるなら馬術大会に向けて訓練していると思われても仕方ない」


実際に毎年、馬術大会の前にはサバッタンを牧場に連れて行って調整はしている。これほど頻繁には通わないが。


「あながち、嘘とは言い切れませんよ」

「真実でもないだろうし、そもそも休暇はそんなためにやったんじゃないと言ってるだろう」


呆れたように国王は言って、そのままふうっと息をついた。


「お前が3日間馬にかまけているだけなら、強制的に夫婦で王妃のお茶会に放り込むところだったが…案外、うまくいっているんだな」

「何がですか?」


グリナッシュは自分の左腕をとんとんとつついた。

ジルクリフの左腕には、猫娘からもらったガラスビーズの腕輪が服の袖からちらりと見える。

国王は自分がお守りを受け取らないし身に着けないのを知っている。そんなあやふやなものに頼らなくても実力だけで勝ってきたのだ。その自負がある。だからこそ、身に着けている腕輪が誰から送られてきたのか分かったのだろう。


「さすがに新妻からもらったら、礼儀として身に付けるでしょう」

「お前声のトーンと表情がかみ合ってないからな。そんな嬉しそうな顔で言われても説得力ないぞ」


嬉しそうとはどんな表情だ?

首をかしげながら、陛下を見やる。


「この時期ならみんなこんな色のお守りを持っているでしょうに。今更、という感じもありますが」

「だから、そんなイヤそうに言っても表情が裏切ってるから…まさか、無自覚なのか?」

「何がですか?」

「いや、だから、そのお守りだ。お前に勝って欲しいと願って送ってくれたんだろう?」

「いえ、彼女は勝敗にこだわってはいないですね。ただ、私の安全を願ったと言っていました。怪我をしないようにと願ったのだとか」

「なんで突然、ノロケられたんだ?」

「どこがノロケなんです?」


グリナッシュはあからさまなため息をついて、追い払うように手を振った。


「もういい。馬と戯れているくらいなら、仕事しろ。山積みだからな」

「了解しました」


騎士らしく敬礼して、ジルクリフはとりあえず執務室を後にした。



#####



国王の執務室から辞して、青銅隊の詰所に顔を出すと困ったような表情のベンエルがいた。


「どうしたんだ?」

「ああ、隊長。いいところに」


彼は控室の机の上に置かれた箱を示した。


「隊長宛のお守りです」

「毎年、送り返してくれって言ってるだろう?」


馬術大会が近づくとお守りを持ってくる令嬢などが多いが、ジルクリフは直接は受け取らない。結果的に詰所に送り付けられるが、それも本人に戻るように送り返している。


だが今年は結婚したためお守りの数は激減した。呪いの猫娘に感謝をしたことでもある。正直、断るのも仕事に支障が出るほど多かったので、少なくなった分だけ楽になった。それでもいくつかは贈られていたので、例年同様に送り返すように指示していた。


「これは差出人が書いていないのです」

「差出人がない?」


差出人がなければ送り返すこともできない。なるほど、相手も考えたものだ。


「なら、ここに置いておいてくれ。どうせ、送ってきた相手から反応があるだろう。その時に本人に返却することにしよう」

「わかりました。ただ、ものすごく高価なものになっていますが…」

「たかだかお守りだろ?」

「これは宝石で作られていますから」

「宝石をガラスビーズ代わりにするとは…」


知らないうちにジルクリフは左腕に巻かれたお守りを触っていた。

ガラスビーズもそれなりに高価だが、宝石に比べれば安価ではある。だが、今自分が身に着けている方が、ずっと価値があるように感じた。

なぜかはわからないが、ふっと思わず笑んでしまう。


「無くならないようにだけ、注意してくれ」

「はい。奥様からもらえてよかったですね」


ベンエルが表情を和らげて、微笑む。


「何が、だ?」

「いえ、なんでもありませんよ」


気の利く副隊長は笑んだまま、箱を片づけに行ったのだった。



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