第26話 「死にたい」は幻覚、幻聴だ
「自分はゴミクズのカスでドジでのろまでゴキブリみたいにただそこにいるだけで周りに迷惑をばらまく害虫。
死ねば周りの人間が全員最高にハッピーになるし、会社の仕事の効率も上がるし、なんだったら日本経済もV字回復するし地球環境も劇的に良くなる」
……何言ってるんだお前。とお思いかもしれません。実際これを書いた私自身でさえ調子のいい日だと「何言ってるんだお前」と思っています。
ですが、うつ病になるとこれが本気で思えてくるようになるのです。これが本当に自分の意志で自分を組織する細胞すべてがそう叫んでいる『幻聴が』聞こえてくるのです。
もちろんこんな『たわごと』を四六時中本気に思っているわけではありません。ですがある時……それは人にもよりますが、
例えば日曜夜から月曜朝にかけての重苦しい時間帯、もしくは仕事中にミスを犯した時、あるいは周りから期待通りの反応がなかった時、ほかにも低気圧や極端な気温差、等々。
様々な理由はありますが、そういう時に理性でどうこうできなくなって本気で「本能的に死にたがってるんだ」という『幻覚、あるいは幻聴』が見えたり聞こえたりするのです。
死にたいというのはあくまで『幻聴』です。生きとし生けるもの全ては「生きたい」という生存本能の上で生活しています。
それはもう「1+1は2である」というようにそこに疑問を挟まないものだと思います。
それが出来ないというのなら、何かしらの「脳の故障」あるいは「脳の誤作動」が起きていると考えてください。
その症状の一つとして「死にたい」という感覚が出てくる。というのがあるのでしょう。
脳が誤作動を、というとイメージできないかもしれませんが「気のせい」だとか「見間違い」とか「見落とし」あるいは「聞き間違い」なんかも誤作動の一種です。
脳ってのも結構いい加減なもので日常的に誤作動を起こしています。
うつ病をはじめとした精神的疾患は「脳が誤作動を起こしている」から起こるとされており、現在でも研究が進められています。
なので「死にたい」は『全て幻覚や幻聴』です。
「死にたい」に抱きしめられている間はあまりにもリアリティに溢れすぎていて、どう考えても本心だとしか思えないかもしれませんが、繰り返します。
それは『幻聴や幻覚』です。しつこくて胸焼けするくらい何度でも言いますが、「死にたい」という声はあなた自身の声ではありません。
それは『病気が見せている幻覚や幻聴』です。
「こんなゴミクズのカスがのうのうと生きていること、それ自体が許されない! 地球に住んでるすべての人々が迷惑している!」と全身の細胞が語りかけてくるような感覚があるかもしれません。
ですが、何度でも、何度でも言います。それは『病気が見せている幻覚や幻聴』であって、あなたの本心ではありません。
もしこの幻聴や幻覚が出てきたら一刻も早く精神科、今では心療内科という名前になっている所も多いのでそこへ行って治療を受けることを強くお勧めします。
重要なのは「うつというのは風邪と違ってほぼ100%自然治癒はしない」という点です。「必ず」病院に行ってください。そうしないと絶対に治りません。
なぜなら「間違った脳みそ」が下した判断は「全て間違った判断」でしかないのです。脳がだめになると正常な判断は下せなくなってしまうからです。
実際「自分は病気ではない。自分が怠けているだけだ」と思って病院に行かず、結局耐え切れずに自殺するケースも数限りなくあります。
病院さえ行っていれば救われたかもしれない命というのは確実にあります。なので「死ぬ前に」「必ず」病院での治療を受けてください。
うつというのは「脳の病気」であって決して風邪やインフルエンザみたいに抗生物質を飲みさえすれば治るというものではありません。
大事なので繰り返します。「必ず」「死んでしまう前に」病院に行ってください。お願いします。
もし家族や知り合いにそういう方がいたとしたら、それこそ文字通り縛り付けてでも病院に連れていくべきです。
でないと、最悪死んでしまうこともあり得ます!
これは脅しでも無いし、文章を書く上でのテクニックでもなんでもなくて、そのままでは「本当に」死んでしまいます!
なので「絶対に」病院に連れて行ってください!
実際体験した話なのですが、以前勤めていた職場でパワハラを受けていた当初は本当に「自分が死ぬか相手を殺すか」の2択しか考えられませんでした。
こう言って信じてくれるかは分からないが「あと半歩でも」踏み間違えたら自殺するかカッターナイフで相手の首を切るかのどちらかをしていたし、
昔の話なんですが今でもその「もしも」が「極めて鮮明な映像で」脳内再生されることがありますよ。
「自殺する位なら逃げ出せばいいのに」って「普通の」人は言うけど、追いつめられると
あの「追いつめられ具合」は実際に体験した身でないと分からないはず。絶対にオススメは出来やしませんが。
その「倉庫の隅から隅まで響くようなとんでもなくでかい声で」罵声(ばせい)を浴びせる人を荷物をほどくために持っていたカッターナイフで殺す光景が
「現実と見分けがつかない程の鮮明さ」で脳内再生される事が今でも現在進行形で起こっている。そう、今でもその呪縛からは完全に解き放たれてはいません。
最終的には会社に行けなくなって通勤途中で「おう吐」するようになって「こりゃだめだ」と一瞬だけ冷静になって会社を辞める事が出来ましたが。
もしあの時吐かなかったらガチで冗談抜きに「自殺」か「他殺」のどちらかで終わっていた「はず」で、どちらかで終わっていた「だろう」なんていう生ぬるい言は使えません。
今から思い返すと当時は、とてもじゃないが『終わっていた「だろう」』なんていう生ぬるい表現は出来ない。もっと確信的に「殺すか殺されるか」まで追いつめられていました。
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