第7話
大声で名前を呼ばれ、私は反射的に辺りを見渡した。と、反対側の歩道から車道を突っ切ってこちらに向かってくる悠一の姿が見える。
(ああ、やっぱり来ちゃったね)
なぜかはわからない。けれど私はなぜか少し悲しい気持ちになった。私たちは当然、こうなることを見込んでこの計画を立てたのに。
けれどそんな内心はおくびにも出さず、私は一歩後ずさる。
悠一は道路を渡り切るのも待たず声を張り上げた。
「由佳! なんで無視すんだよ! お前俺がどんだけ……」
悠一の声が尻すぼみになる。松本さんが悠一と私の間に立ちはだかったのだ。悠一を見据えるその目は、斜め後ろから覗き見ただけでわかるくらいに冷たい。
悠一は一瞬ひるんだような表情を見せたけれど、すぐに彼から目を逸らした。あくまで話しかけている相手は私だということらしい。
「私は──」
言いかけた私の声を、また別の声がかき消した。
「ねえ悠一! どうしたのよ急にもう!」
慌てて悠一の後を追ってきた女の子だ。さっきカフェから悠一と一緒に出てきた女の子。悠一は知る由もないけれど、彼女こそが私たちの「協力者」だ。
悠一が彼女に気をとられている間に、私は再び口を開く。
「私は、悠一のもとには戻らないってちゃんと言った! より戻す約束だってしてない!」
私が言うと、悠一は私が二度と見たくないと思っていた、あのうんざりしたような顔をした。
「そういうことじゃなくってさあ。……何、そいつに何か弱みでも握られてんの?」
悠一はちらりと松本さんを見、それから私に視線を戻した。そしてそのまま絶句する。
「由佳……。何、その格好」
別に、変な格好をしているわけではない。いたって普通だと思う。
ただ私は、大好きなヒールを封印して、ソックスにバレエシューズを合わせただけだ。そして普段の私ならほぼ選ばないだろう、ひざ下丈のゆったりしたワンピース。
そんないでたちで、産婦人科から出てきただけに過ぎない。けれど、それで十分だろう。
「お前、まさか……」
「もう戻れないとこまで来てるの!」
私はややヒステリックに叫び、悠一の隣に立つ女の子を見た──それが悠一にもちゃんと伝わるように。
「……その人が『香織』なんでしょ。よかったじゃない。こんな風にデートなんかして、仲良くしてるみたいだし」
その香織はおろおろと、悠一と私を見比べている。
悠一が何か言いかける雰囲気を感じ、私は先手を打った。
「もともとその人のために、私と別れたんだもんね」
香織が「えっ」と隣の悠一を見上げる。悠一は何も言わない。次にどうするべきか決めかねているのだろう。
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