第3話

 周囲の乗客が(うわあ……)と気の毒がったのが、なんとなく伝わってきた。池に飛び込んだようなずぶ濡れというわけではないけれど、あの大粒の雨に打たれただろうと見当がつくくらいの濡れ方だった。

(え、どうしよう……)

 奇遇なことに──正確に言うなら私がぼけていたために──私は傘を2本持っている。そして目の前のこの人は明らかに傘を持っていない。そして、外は相変わらずの雨。

 私はこのビニール傘が好きではないし、今後使うこともないと思う。だからこの傘をあげてしまっても何の問題はない──けれど。

(でも電車でいきなり知らない人に話しかけられるだけで警戒するのに、突然「傘どうぞ」って言われても怖いよね。引くよね)

 私はうーん、と頭を悩ます。

(でも傘を持ってない雨の日に傘もらったら普通に助かるよね?)

 私はちらりと横目であの人を確認した。濡れた髪や肩を拭いたりするわけでもなく、じっと立ったまま時間をやり過ごしている。

(……よし)

 私は心を決めた。

(傘はあげちゃおう。それから、そのあと車内が変な空気になるのは耐えられないから、最後の、降りる瞬間に声かけよう。そしたら周りの人に好奇の目で見られることもないはず!)

 私はバッグの中を探った。ハンカチがわりに持っているミニタオルは、今日は水色のものだった。端にスミレのワンポイント刺繍が入っているけれど、許容範囲だろう。


 いつもはあっという間に着いてしまうターミナル駅なのに、今日だけはなんだかいつまで経っても着かないように感じられる。が、ついに線路が何本にも増えてきた──終点が近づいているのだ。それに呼応するように、心臓がバクバクと乱暴に暴れ出した。

 まるで告白でもするみたい、と私は内心苦笑する。そうやって余裕を気取ってみても、鼓動は落ち着いてくれなかったけれど。

 そして電車はホームに滑り込み、完全に止まった後ドアが開いた。私は静かに息を吸い込み、あの人に声をかけた。

「──あの、すいません」

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