第7話
他の人の通行の邪魔にならないように、私たちはとりあえず端に寄った。
「あのときは助かりました。遅まきながら、本当にありがとうございました。ただ……」
目の前の「あの人」はいったん言葉を切る。
「まいったな……こんなところで会えると思ってなかったから持ってこなかった」
傘のことだろう。私は首を振った。
「いいんです、あれ。差し上げます。あの、ご迷惑でなければ」
私はうかがうように少し顔を上げる。一方的に傘なんて押し付けて、やっぱり迷惑だっただろうか。
「あ、いやそうじゃなくて……」
彼は何か言いかけてやめ、ポケットを探ってスマホを取り出した。
「あの……ご連絡先を教えていただけませんか? ご迷惑でなければ、ですが」
目が合った。私はドキッとしつつ、あわてて返事する。
「──あっ、はい」
私もバッグからスマホを取り出した。
誰かと連絡先を交換するのなんて久しぶりだ。少しまごついたものの、なんとか自分のQRコードを表示し、読み込んでもらう。それを交替して繰り返し、お互いの連絡先がそれぞれのスマホに登録された。
「ありがとうございます。……マツモトヒロナオ、と申します」
スマホから顔を上げて彼が言った。ちょうど、私のスマホの画面にはその名前が表示されている。私の中で、「マツモトヒロナオ」が「松本浩尚」に変換された。
(あ、私も名乗った方がいいのか……)
そう思ったのだけれど、彼──松本さんの方が早かった。
「和泉由佳さん、でお間違いありませんか?」
私はうなずく。彼の声で自分の名前──それもフルネーム──が発音されるのを聞くというのは、なんとなく不思議な感じだった。
「和泉さん。改めてこちらからご連絡させていただきます。お引き止めしてすみませんでした。では──」
そう言うと、松本さんは軽く会釈して去っていった。それを私は半ば呆然として見送る。
左手に持ったままのスマホを改めて確認してみた。
(え、ほんとにあの人と連絡先なんか交換しちゃったの……?)
何このドラマみたいな偶然、と思う。けれど意外にも、特別感激もなければ嬉しいとも思わなかった。それよりも、こんな気の抜けた格好で会ってしまったことのショックの方が断然大きい。
私は小さく息をつき、スマホをバッグに戻す。そしてロビーを横切り、図書館閲覧室の扉を押し開けた。
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