第6話

(──え?)

 聞き間違いかと思って、私は松本さんに顔を向けた。普段と変わりない中にも、若干気まずそうな空気を感じる。

「……和泉さんがその方が安心できるなら。もちろん、案の一つにすぎませ──」

「──行かせてください……!」

 松本さんがまだ言い終わらないうちに、私の口がそう動いていた。

 普段の私なら、絶対にしなかった返答だと思う。私だって、そう簡単に異性の家に上がりこんだりしないだけの分別は持ち合わせていた。

 けれど今は何かに──誰かにすがっていたかった。

「ご迷惑をおかけしてすみません……本当に。あの、でも、お願いします。少し匿ってください」

 私はそう言って頭を下げた。この会話を聞いている運転手さんは、いったいどう思っているだろう。そんなことをちらりと思う。

「……わかりました」

 静かにそう言うと、松本さんは運転席の方に軽く身を乗り出した。

「すみません、杉代神社の西側でお願いできますか」

「杉代神社ですね、はい」

 そんな会話が遠くに聞こえた。


 結局五千円に上る料金を支払い、私たちはタクシーを降りた。幸いにも私の足腰はちゃんと回復し、立つことも歩くこともできるようになっている。私たちは近くのコンビニで買い物を済ませ、松本さんのマンションへと向かった。

 松本さん曰く、主に単身者向けの小ぶりなマンションらしい。着いてみるとそこはまだ新しい、モダンな建物だった。

「すみません、こんな予定ではなかったのであまりきれいではないですが……」

 松本さんが、少しばつの悪そうな顔で振り返りながら言った。

「いえ、そんな、無理を言ってお邪魔させていただくのはこちらですから」

 私はとんでもない、と手を振る。

 そして案内された部屋は十分きれいに片付けられていた。脱ぎ捨てられた服が散乱しているわけでもないし、ごみ箱があふれているわけでもない。せいぜい床に何冊か本や新聞が置きっぱなしになっている程度だ。

「どうぞ、狭いところですが適当に座ってください」

 そう言って奥の部屋(1LDKらしいので、おそらく寝室だろう)に向かう松本さんに、私は「すみません、おじゃまします」と答えた。

 とりあえず、壁に近いところに腰を下ろす。おそるおそるカバンの中のスマホを見てみたけれど、通知はメルマガのみだった。不満なような、ほっとするような、あるいは拍子抜けするような複雑な気分になる。

 と、松本さんが戻ってきた。スーツを脱ぎ、ラフな格好に着替えている。

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