第7話

「ちょっと待っててくださいね」

 そう言って松本さんは、電気ポットの電源を入れた。そしてその間に、先ほどの本や新聞をまとめて窓際に押しやっている。私は見るともなしにそれを眺めていた。

 と、カチッと音を立ててポットの電源が切れる。しばらくキッチン部分で作業をしていたかと思うと、松本さんは紅茶を淹れたマグカップを持ってきてくれた。

「すみません、気の利いたカップなんかがなくて。男の一人暮らしなもので」

 私は首を振る。お礼を言って受け取ると、紅茶の香りがふわりと漂った。

 松本さんがどうぞ、と指すので、私はローテーブルの方に少し寄った。見ればティーバッグ用の小皿も用意してもらっている。ちょうどいい色合いになったので私はティーバッグを抜き、いただきます、と断って紅茶を口に含んだ。

 癖のないダージリンだった。心で張りつめていた糸がふっと緩む感じがする。

 見れば松本さんも似たようなマグカップで紅茶を飲んでいた。目が合うと、彼はふっと真面目な顔になる。

「和泉さん、今日のことですが──」

 松本さんの言葉に、私は居住まいを正した。

「まずは、いろいろと失礼を犯しすみませんでした」

 そう言って頭を下げるので、私はうろたえた。危ないところを助けてもらい、散々迷惑をかけているのは私の方だ。

「え、そんな、失礼なんて何も」

 私が言うと、松本さんは首を振った。

「結果的に功を奏したとはいえ、プライベートな会話を盗み聞きしていましたし」

 そして少し言いにくそうに続けた。

「その上名前で呼んだり、『彼女』呼びしたりと」

 言いながら、気まずそうに目をそらす。私は文字通りぽかんと口を開けた。

「そんなこと……」

 今日あったことを思えば、そんなのは些細なことだった。それに、「彼女」に関しては、英語でいうshe──代名詞だと思っていた。

 と、その時のお礼をまだ一言も伝えていないことに気づく。

「あの時は助けてくださって、ありがとうございました」

 私は頭を下げたが、いいのだ、というように軽く手で制された。

「あの男性は……いわゆる『元彼』ですか」

 松本さんの言葉に、私はうなずく。

「なんであんなやつと付き合ってたんだ、って思いますよね。松本さんも」

 私は自嘲気味に言った。友達にさんざん言われたことだった。

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