第4話

(──?)

 恐る恐る目を開けると、テーブルの横にもう一人別の人影があった。スラックス姿のようだ──店員さんだろうか。これはとんでもない客として追い出されるかもしれない。

 が、正体を確かめようとその人影を見上げた私は自分の目を疑った。

「ま……!」

 続きは声にならなかった。

 そこにいたのは、松本さんだった──間違いない。そしてその手は、悠一が振りかぶった腕をしっかりと掴んでいた。

 私の声を聞き取ったらしい松本さんは、悠一に向かって投げ返すようにして手を離した。呆気に取られている私をよそに、そのままぱっと私のバッグを手に取る。

「由佳ちゃん、待たせてごめん」

 静かにそう言って、松本さんは半ば引っ張り上げるように私を立ち上がらせた。そして悠一を振り返る。

「彼女には手を出さないでいただけますか──今後、一切」

 今まで聞いたことのないほどの、冷たい声だった。

 悠一は、何も言わない。

「──行こう」

 そう言って松本さんは、私の肩にさっと手を添えた──スマートな動作だった。私は促されるままに店の出口へと向かう。

 悠一がどんな表情をしているのか気になったけれど、私は意識して振り向かなかった。振り向いたら負けだと思った。振り向いたらすべてが水の泡に帰す、と。

 そんな思いを知ってか知らずか、松本さんは私の肩に回した手をそのまま離さなかった。


 店から見えないところまでくると、どうしたことか私は一歩も歩けなくなってしまった。自分でも驚きを隠せない。けれど今や立っていることも難しく、私はその場に座り込みそうになっていた。

 松本さんはそんな私に何も言わず、素早くタクシーを拾ってくれた。支えられるようにして乗り込む。

「とりあえず、中通りを南にお願いします」

 そう告げる松本さんの声に応えて、タクシーが動き出した。

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