第6話
(ほんと、ばかみたい……)
気づけばあの日と同じようなことを考えていた。でも今日は自分に対してだ。あまりにもものわかりの良すぎる彼女、だっただろうか。いや、今はもう「元」彼女だけれど。
(でも、ほかにどうすればよかったの……)
「別れたくない!」ってヒステリックに泣き喚くことだってできた。でもそうしたら、悠一はうんざりした表情を隠しもしなかったと思う。
それで、とりあえずその場を収めるために「わかったよ」なんて言うのだ。腹の底では不満を煮えたぎらせているくせに。
そしていずれ、悠一の中では「俺には好きな奴がいたのに、こいつが別れたくないと言ったから諦めてやったんだ」という意識が育っていく。恋人がいる状態で別の女に惹かれた自分のことは堂々と棚に上げて。
(寒い。というか、もう冷たい)
冷え切った外気にさらされ続けた顔や手の皮膚が悲鳴を上げそうだった。むしろキンキンに甲高い悲鳴を上げてくれたらいいのに、なんて思う。泣き叫べなかった私の代わりに。泣き叫べなかった私の、心の代わりに。
そう思うと無性に何かに感情をぶつけたくなった。何かを蹴りつけるのでもいい。何かを投げつけるのでもいい。とにかく、私の中から毒を出してしまいたかった。
悠一の前で張り付けた作り笑い、震えを隠して出した明るい声、そんなものと引き換えに、私の中には毒がたまっていったのだ。その毒に、抑えた感情がふたをした。
このままこの場で、衆人環視の中感情のままに泣き叫んだらどうかななんて、そんな考えが頭をかすめた。駅前なので人通りはそこそこある。きっとみんな、「うわあ……」みたいな感じで遠巻きに見るか、避けて去っていくんだろうな、と思う。
でもそれって、あまりにもみじめじゃない? まるで私が敗北を認めて、それを嘆いているみたい。
私は負けてなんかいない。私は「大切な人の幸せのために身を引いた」人間なのだから。それが「恋人」の次に私に与えられた、悠一に対する役割だから。
苦しかった。でも、涙は出なかった。
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