第4話
からりと晴れているせいか空気は冷たいものの、風がないので寒くは感じない。私は最寄り駅までだらだら歩き、中央駅まで出てみることにする。
休日の中央駅は、いつものことながらものすごい人であふれかえっていた。こんな地方都市でさえこうなのだから、東京なんて恐ろしいことになっているんじゃないかと思う。
私はなんとか人の列に紛れ込み改札を抜けた。縦横に行きかう人々の間を縫うように移動して人の波から外れる。そうしてようやく、立ち止まることができた。
正直、人込みにはいくつになっても慣れない。ふう、と息をついて顔を上げると、化粧品ブランドの広告が目に入った。
(あ、そういえばクレンジング買わなきゃ……)
そう思って百貨店方面に向かおうとした時だった。
「──ゆういち! こっちこっち!」
こんな人込みの中でも、知った名前が聞こえるとつい振り返ってしまう。もちろん、その先にいるのは赤の他人で、こんなにたくさん人が集まる場所ですら、知り合いとばったり出くわすことなんてほぼないのだけれど。
──ないはずなのだけれど。
(まじ……?)
雑踏の向こうに見えたのは、悠一本人だった。背が高い悠一は、人込みの中でも頭一つ抜き出ているせいで目立つ。私はとっさに、柱の陰に身を隠した。
悠一の背中側にまわり、様子をうかがう。私はいもしない待ち合わせ相手を探すふりをしてきょろきょろした。
悠一と待ち合わせていた女の子は、淡いグレーのダッフルコートがよく似合った、比較的小柄でかわいらしい女の子だった。
(なるほどね……)
この子こそ、件の「香織」なんだな、と思う。確証はないけれど、私の直感が告げていた。ほら、名は体を表すなんて言うけれど、まさに「香織」って感じの子だし。なんというか、可憐な香りを織り出していそうな感じがする。自分でも何を考えいているのかわからないけれど。
二言三言交わして歩き出した二人の後ろ姿を、私は静かに眺めた。
「二人で会う」程度のことなら、私は浮気とは考えない。でもさっきの光景にはまあまあの衝撃を受けた。いや、光景にじゃなく──私自身の感情に、かもしれない。
悠一は私に黙って他の子──それも「香織」と会っていたわけだけれど、それを直接見てしまったとは思えないくらい、私の気持ちは凪いでいた。怒りとか苛立ちとか、悲しみとか嫉妬とか、おおよそ考えられる感情はみんな、どこか遠いところにあったのだ。
私はただ淡々と、見たままを受け入れてしまった。
世界が灰色にはならなかった。むしろ、灰色になってしまったのは私の方なのかもしれない。
(付き合うのかな……あの二人)
私は二人が歩いて行ったのとは逆の方向に向かって歩きながら思う。あの「香織」という子に悠一を奪われる、というような感覚はなかった。もちろんそれは正しくて、彼女が悠一を略奪するわけではなく、悠一が勝手に私を捨てただけ──…
無意識に足が速まる。
(でももし、二人が付き合うことになったとしたら?)
そう思ったらつい足が止まってしまった。後ろを歩いていた人に軽く舌打ちされる。今はそんなこと気にする余裕がなかった。
(私が、邪魔者になる──…)
そう気づいた途端、私は自分の中に渦巻く何かに、全身を丸呑みにされてしまった。
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