第7話

 なんとなく、すぐに店を出る気にはならなくて、私はテーブルをぼんやりと見つめた。氷はもうすっかり融けてしまって、飲み残しのアイスティーはどうしようもないくらいに薄まっている。

 ふう、と息をつきながら頬杖をつくと、内側にカールさせた毛先がサッと視界に入ってきた。

(「明るくした」、って……)

 私は頬杖をついているのとは反対の手で、毛先をつまみ上げた。髪を切ったあの日、私はカラーリングなんてしていない──私の髪は、切る前からこの色だった。

 もし「明るく」なっているのだとしたら、前回のカラーが抜けてきたか、日焼けやドライヤーによるダメージかのどちらかだと思う。いずれにしても、そんなにすぐに変わるものでもない。

 悠一は、これまで私のいったい何を見てきたのだろう。やっぱり自分の見たいようにしか世界を見ない──それだけのことなのだろうか。

(いや、違うよね。むしろ──…)

 私は悠一が去っていった入口の方をちらりと見る。

(悠一は、私のことなんて見てなかった……)


 どんなに近くにいても、同じ時間を過ごしても。私の方を見てくれているようでいて、実際には見ていなかった。

(だって私は──私は悠一の、「アクセサリー」だったから)

 そう考えれば、すべて納得がいった。私は意味もなくストローでグラスの中身をかきまぜる。

 自分の見た目にこだわるのはわかる。その姿を見られるのは自分自身だから。こんなボロボロの靴はもう履けないだとか、このジャケットは胴が長く見えるから着たくないだとか、前髪がこれ以上長くなると陰気くさいだとか。そういうことを考えたって変じゃない。

(でもそれを、私の髪型に対してまで要求するのって?)

 靴やバッグがコーデの一部であるように、私自身が、悠一の見栄の一部だった。だから、悠一の思い通りの姿でいないといけなかった。

 今から思えば、それ以外のことだってそうだ。「相談」への「アドバイス」として、自分の理想の型にはまるよう誘導する。

(悠一は「いっつも勝手に決める」って言ってたけど、そんなことない)


『カバン? そっちのピンクのよりこっちのグレーの方が大人っぽくて似合うよ』

『コンビニでバイトするの? 由佳にはカフェとかの方が向いてると思うけどなあ』

『由佳はやっぱパンツスタイルってよりスカートってタイプだよな』


 私が意識していなかっただけで、そうやって悠一に誘導された決断は、今までにいくつもあったはずだ。ヘアスタイルに関してこれまで何も言われなかったのは、偶然にも悠一の理想と一致していたというだけのことなのだと思う。ここ五年くらいはずっとロングだったから。

 きっと、私が気に入っているとか気に入っていないとか、私に似合っているとか似合っていないとか、そんなことは悠一には重要ではなくて。

 私が悠一に求められていたのは、悠一が望む通りの私でいることだけだったのだ。

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