第2話
あの日からずっと気分が良い。まるで頭と一緒に気持ちまで軽くなったみたいだった。意味もなく頭を振っては、髪が宙に踊るのを楽しんでしまう。
ちょっと後ろを振り返る動作ひとつにしても、無駄に素早く首を回す。そうすれば、短く、そして軽くなった髪が、ファサッと風になびくのだ。
ばっさり切ったせいで毛先には傷みもなく、すっと撫でただけできれいにまとまる。長かった時は、毎朝数十分かけてコテで巻くしかなかった。癖は強くないものの完全なストレートでもない私の髪は、何もしないと「伸ばしっぱなし」みたいに見えてみっともなかったから。でも今は、毛先をしゅっと内に向けるだけでいい。
俗な言い方かもしれないけれど、QOLが明らかに上がっていると思う。
だから、恋人である悠一から先ほど届いた「悪いけど20分くらい遅れる!」というメッセージにも、「了解~!急がなくていいから気を付けてねー!」なんて、心穏やかに返信することができた。
──それは、必ずしもいいこととは限らないのだけれど。
店の入り口に悠一が現れたのは、約束の時間からゆうに三十分以上が経ってからだった。
そう頻繁にではないけれど、悠一はこうして遅刻してくることたまにがある。とはいえそこそこ長い付き合いだし、言ってみればこのあたりは想定の範囲内だった。
悠一は遅刻するとき、いつも「現時点で確定している遅れ」を連絡してくるのだ。例えば、今すぐに家を出れば二十分の遅刻で済むけれど、まだ出かける準備ができていない。そんな場合でも「20分遅れる!」としか言わない──二十分の遅刻で済むわけがないのに。
だから私は最低でも十分、ひどいときには伝えられた時間の倍くらいの遅れが出るんだろうな、と覚悟する。そう思えば、今日は十数分で済んだのだから早い方だった。
悠一はきっといつも通り、「あー、なんか時間かかっちゃった。待った?」などとへらへら言うのだろう──私は「ごめん」のその一言を待っているだけなのに。
──と、思ったのだけれど。
なんとなく、こちらに向かってくる悠一の様子がいつもと違う気がした。
なんだろう、と思う間もなく悠一がこちらにやってくる。そしてテーブルをはさんで正面に立ち止まると、悠一はどこか硬い表情で口を開いた。
「──なにそれ」
それが、今日の悠一の第一声だった。
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