第16話 犯・罪・者?
「おかしいわね、その女」
「やっぱりか」
「二十代で起業してるなら、持ってても不思議じゃないけど。立場がある人間は、自分に火の粉がかかりそうなことはしないのよ。未成年連れ回して何かあったら、大問題じゃない」
「何を企んでるんだろうな」
「わからないけど。とりあえず、今から言う名前をメモしなさい」
「え?」
「三十秒で支度しな」
某海賊より厳しい。俺は逆らえなかった。そして言われるままに、名を三つ書き留める。
「なんだよ、これ」
「近くにあるブランド直営店のマネージャーたちよ。店舗はネットで調べればすぐ出てくるでしょ。そこで客に文奈って女がいないか、聞いてみなさい」
「それ、許されるのか?」
「いいのよ。これでも裏で色々貸しがあるんだから。ゴネたら、後で伊藤貴久子が伺いますって言っとけばいいわ。じゃあね」
唐突に電話が切れた。相変わらずせっかちな女だ。
「……礼くらい言わせろよなあ」
愚痴ってみても、それを聞く相手は誰もいない。
☆☆☆
翌日、俺は
「な、何か失礼がございましたでしょうか!?」
「申し訳ありません、お願いですからあの件は内密に……」
出てきたマネージャーもそろってこの有様だ。俺は魔王かなにかを嫁にしたのか。
最初の二店舗は空振りだった。最後の店で、マネージャーが俺を個室に招き入れる。絶対に口外しない、との約束で、顧客名簿を見せてくれた。
「
彼女の特徴をあげてみると、マネージャーはうなずいた。
「そうですね。彼女だと思います」
「よく覚えられますねえ」
自慢じゃないが、俺は人の名前を覚えるのが苦手だ。顔や体つきならすぐ出てくるのに、それを文字情報につなげられない。客商売はさすがだな、と思った。
「いえ、独特なお客様でしたので。私じゃなくても、覚えがあると思いますよ」
「というと?」
「数日おきに百万単位の買い物をされまして」
「そりゃ、すごいな」
「額だけなら、ありふれているのですが」
感心したのに、庶民っぷりを露呈する結果になってしまった。
「その顔がね……なんというか、悲壮な感じでした。それに、支払いも現金でしたし」
富裕層はたいてい、数百万使えるクレジットカードを所持している。マネージャーは、彼女がなけなしの貯金を下ろしてきたのではないかと思ったそうだ。
「だから無理に買うことはない、と止めたんですよ。しかしどうしても必要だ、と言われてしまいまして」
「どうしても、ねえ……」
文奈はこれで所持金を使い果たしたに違いない。それでも得たい何かがあるのか、それとも……
「おっと、失礼」
電話が鳴った。
「
「どうだ、話はちゃんとできたか」
「ダメだ。言いたくないの一点張りだよ。マンションの前まで行ったんだが、部屋にも入るなって言うから、今ファミレスで話をしてる」
「おいおい……」
危ないものがあるんじゃないのか。そう思ったが、博正がパニックになるかもしれないので言えなかった。
「なんか新しく分かったことはないのか」
「……大学には問い合わせてみた。どのくらいサボってるかも知りたかったから」
幸い、
「そうか。それならまだ、取り返しがつくな……できるだけ粘ってくれ。
「うん、わかった。でも、ひだるちゃんはどうしてその面子の中に? 彼女こそ学校じゃないのか?」
「おっと電波が悪いな、切るぞ」
危うくボロが出るところだった。言動には気をつけなければ。額の汗をぬぐっていると、また電話がかかってくる。勇からだ。
「……暁久あ」
「おい、お前までどうした。そんな死にそうな声出すなよ」
「どうしよう……菫ちゃんが、捕まっちまう」
「は?」
「そんなことになったら、博正も首くくるかもしれねえ。俺はどうしたらいいんだ……」
こちらもこちらで大変そうだ。俺は耳に神経を集中させる。
「町内会に写真を配って、菫ちゃんを見たことがないか聞いてみたんだが……」
喫茶店の店主が、すぐに反応を示した。最近、自分の店の前を頻繁に通る女子に間違いないという。
「勘違いの可能性は? 忙しかったら、よく見てないかもしれない」
「残念ながら、土地は自分持ち、従業員も自分と家族だけ。ほぼ趣味でやってるような店だから、一日の十割は暇だそうだ」
「……なら信頼できるか。店には入らず、通るだけなんだな?」
「ああ。彼女はいつも、人気のないビルの中へ消えていく……」
「別にそれだけなら、博正が首くくる必要ないだろう」
「俺がこの程度のことで、大騒ぎしてると思うかッ」
涙声で怒られた。
「ある日、店主は見ちまったんだ……菫ちゃんが子供くらいの大きさの荷物を抱えて、走っていくのを……」
「おい、まさか」
「荷物には布が巻かれていたが、その隙間から見えたそうだ。真っ白い指先がな」
「…………」
「どうしよう。きっとその女と組んで、夜な夜な子供をさらって──」
俺はしばし目を閉じて、その光景を想像してみた。答えはすぐに出る。
「勇。それ、事件でもなんでもないぞ」
「は?」
「しかしヒントにはなった。ありがとう。後は浩一に聞いてみる」
「ちょ、待て、説明しろって──」
俺は電話を切った。博正が粘るにも限度がある。先に決定打をつかまなければならない。
幸いクリニックは昼休みに入ったところで、浩一はすぐに出てくれた。
「進展がありましたか」
「ああ。お前の知り合いで、この分野に詳しい人がいれば紹介してほしいんだが──」
俺の話を、浩一はじっと聞く。そして、ひとりの名をあげた。
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