第34話 魂を癒やす味

「粥の中身は何にする?」


 ここは粥に入れる具を選べるのだ。俺といさむは定番のホタテ、肉好きなひだるは鶏と決める。


「どうぞー。牡蠣焼きそばです」


 先客のところに、料理が運ばれてきた。ひだるがめざとく、それに目をとめる。


「あれも食べたい」

「粥も食って麺も食うのか!?」

「大丈夫」


 こいつ、ますます胃の容積が大きくなってないか。俺は密かに戦慄していた。


「ま、食い切れなかったら俺も手伝うよ。おやっさん、こっちにも牡蠣焼きそばひとつ」

「分かりましたー」


 勇が率先して頼む。俺はこっそり、財布に万札が何枚入っているか確認した。


「はい、焼き豚ネー」


 あっという間に一品目がきた。切ってすぐに出てくるメニューは、食いしん坊を連れている身にありがたい。


「いただきますっ」


 ひだるが早速箸を伸ばした。なんのためらいもなく、最も大きな切り身を選んでいる。彼女が肉を噛むと、ばりっという小気味よい音が暁久の耳に入ってきた。


(そうそう、この皮がうまいんだ)


 俺も食べながら、うなずく。ぱりっではなく、ばりっと表現しなければおさまらない皮は、ジャーキーのように噛めば中から味が出てくる。下部分のしっとりした肉とあいまって、一つで二度楽しいおつまみだ。


『肉じゃ肉じゃー』

『美味い。近くの豚を全て狩って参れ』

『出陣じゃー』


 ひだるは焼き豚を口に含んだまま、魂を飛ばしている。ハムスターのような顔のまま固まっているのが面白い。


「酒のアテにいいよな」


 早くもビールのおかわりを頼みながら、勇が言う。二人分の注文はあっという間になくなり、追加で同じ量を頼んだ。


「はい、海老ネー」


 追加と一緒に、次の料理も来た。春巻きのような形をしているが、心持ちスリムに作ってあるため上品に見える。薄い白膜の中に海老の赤がちらっとのぞいていた。


「わーい」


 華やかな対比に、ひだるの声が高くなった。


「塩、胡椒。ちょっとつけて食べてネ」


 皿の端を指しながら、店主が言う。そのままかぶりつこうとしていたひだるが、あわてて手を引っ込めた。


「はむっ」


 調味料をつけた料理に、ひだるがかぶりつく。すぐに、別の魂が飛んだ。


『ありがたき幸せ……』

『海老、ありがとう』

『殻があろうと、俺たちの手は止まらない……』


 魂は人型となり、店の床で五体投地している。こいつらも段々現世になれてきて、リアクションが豊かになった。


(よし、俺も)


 俺も一本とって、冷ましながら口に入れる。


 まず驚くのは、中に入っている海老の食感である。ほどよく火が通って、歯を入れるとぷりっとはじける感じが楽しくてたまらない。


(これを春巻きにしちまうと、やっぱり違うんだろうな)


 あっさりして主張が控えめなライスペーパーだからこそ、中の具の味を遮らない。純粋な海老だけに注力できる、優しいつくりだった。


「うまし」


 ひだるの魂が、ようやく戻ってくる。さて、次はどこまでやってくれるだろうか。


「ひだるちゃんは好き嫌いがなくて偉いなあ。うちの孫なんかあれが嫌だ、これが嫌だって……」

「くわしく」

「勇っ、孫といえばだなっ」


 ひだるの目が怒りで怪しく輝くのを見て、俺はあわてて話題を変えた。


「ここの焼き豚、土産に持って帰ってやらないか」

「お、いいな」


 食べ物に関する不謹慎な発言は、とりあえず封じた。勇の孫たちよ、今後は行動を改めたまえ。


「はい、まずはトリのお粥」


 いいタイミングで、店主が大きな丼をひだるの前に置く。すかさずのぞきこんだひだるが、目を白黒させた。


「……米がない」


 丼の中には、白いスープがなみなみと満たされている。その中に、米粒が浮いていた。


「なつかしい」

「お前の時代と一緒にするな」


 ただ水でかさ増しをしているわけではない。鶏のスープと米を六時間以上じっくり煮込んで、とろとろに仕上げた一品だ。


「食ってみろ。水だけの粥とは全然違うから」

「ほいさ」


 ひだるは粥をすする。後頭部から魂が抜け出た。今度は手を翼のように動かして、舞い始める。


『旨みの大爆発やー』

『骨は煮込むと味が出る……かじっても出ない……』


 鶏に感謝の念を示している。下手くそな舞であるが、なんとなく思いだけは伝わる。死にかけのフラミンゴのようだ、という感想は胸にしまっておくことにした。


「はい、薬味ね。ちょっと入れると、楽しい食感になります」


 店主が小さな皿を差し出す。そこには香菜とネギ、揚げたワンタンの皮が入っている。粥だけでも十分美味いのだが、これを入れることで食感が変わってまた楽しめる。


「底をさらうのが、醍醐味だよなあ」


 勇がつぶやく。俺もうなずいた。


 この粥の具は上にのっておらず、レンゲで下の方をさらうと出てくる。全体がポタージュスープのようになっているから、自然とそうなるのだろう。


 大きなホタテの貝柱を掘り出しながら、レンゲで米粒と一緒に口内へ放り込む。絶妙に残った粒が、柔らかい具に絡んで、一緒に喉へ落ちていく。多少嫌なことがあったとしても、「まあいいか」と思わせてくれる味だ。


(さて、薬味の出番だ)


 苦味を与えてくれる香菜も、辛み担当のネギもいい。しかし俺が一番好きなのは、香ばしく揚がったワンタンだった。まだパリパリした感触が残っているうちに食べると、落差が大きく二度楽しい。


 けっこう大きな丼で出された粥だったが、もう残りが少なくなった。俺はちびちびそれを口に含み、名残を惜しむ。ついに空になった丼を、いじましく見つめた。


「あー、うまかった」


 勇はそんな素振りは見せず、早々に丼を空にしている。なんだか自分が小さく思えた。


「米が……米が欲しい……」


 ひだるは恥を隠そうともせず、空になった丼をレンゲでさらっている。食い方というものには、本当に性格が出るものだ。


「ははは」


 それを見て、調理をしていたおかみさんと若い女性が、同時に笑う。そのタイミングが似通っていて、近しい関係を実証していた。


「家族でやってる店は、こういうゆるい雰囲気がいいよなあ。上から怒鳴ってくるマネージャーもいないし」


 勇が唐突につぶやいた。明るい彼でも、時々愚痴をこぼすことがある。それも、決まって俺の前だ。

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