第4話 選ぶときも楽しみのうち

「さて、どうするんだ。俺はここからは全然知らないぞ」


 中華街の南門に着いたところで、足を止めた。ここから先は、女子がひしめく雑貨とカフェの通り──らしい。男性には、やや荷が重いのだ。たとえ、紳士でも。


「任せよ」


 見た目が女子高生のひだるは、臆することなく横断歩道を渡る。そのまま広い通りまで進む──かと思いきや、手前の細い道でいきなり曲がった。


「おい、どこ行くんだ」

「こっちこっち」


 狭い路地から見えるのは、灰色のマンションと駐車場ばかり。本当に店があるのか、と聞き返したくなる面構えだ。しかし少し進むと、ぽつぽつカフェや洋服屋が見えてくる。


「ここ」


 いくつか雑貨屋を通り過ぎた後、ひだるは足を止めた。大人がふたりいれば両端に手が届きそうな、小さな店がそこにある。白壁に石塀、二階建て。上階のベランダにオレンジの花が咲き、路地を行く人々を見下ろしている。


 いい感じに古びた木製のドアには、ドライフラワーのリース。その間から店内を見ると、洋服がぶら下がっているのが見えた。


「服屋じゃないか。間違えたか?」

「違う。はんばーが」


 ひだるは顔を真っ赤にして、俺の右手を指さす。確かに、そこにはネットで見たのと同じメニューが掲げられていた。


(一階と二階で別の店なのかな……?)


 疑問がぬぐえないままだが、ここなのは間違いなさそうだ。俺は覚悟を決めて、急な石段を登った。


「いらっしゃいませ!」


 店に入った瞬間、元気のいい女性の声が飛んでくる。その景気の良さに、つられて俺も笑顔になった。


(懐かしいなあ)


 この声はカフェというより、昔よくあった八百屋や魚屋の売り子を思い出させる……と言うと彼女は怒るかもしれないが。


 店内に入ってみると、雑貨が置いてあるのは一番手前だけだ。奥の方は四人がけのテーブルと、厨房になっている。バンダナ姿の男性──こちらが調理係だろう──も、俺たちに気付くと笑顔を見せた。


「階段が急ですから、ここにどうぞ」

「暁久は頑張れるので二階に行こう」


 店員の気遣いを、ひだるが一蹴する。確かに、二人で四人がけの席を占領するのは申し訳ない。俺はできる子だから、階段くらい大丈夫だ。


「そうですか? ではご案内しますね」


 奥へ進むと、幅の狭い階段があった。ただ狭いだけでなく、一段一段が高い。戦国時代の城か。


(俺は今、足軽だと思おう)


 おしゃれカフェの二階に到達するだけなのに、余計な思考が頭をよぎる。


「はい、こちらどうぞ。そこがロッカーになってますので、お荷物入れてください」


 上階に着く。四人がけの卓が二つ、二人がけの小テーブルが三つ。俺は指示された席に腰掛け、背筋を伸ばした。


 外装と同じ白壁に、フローリング。最奥だけ煉瓦模様のペイントになっており、おどけた顔のハンバーガーが書いてある。お前、食べられる立場なのになんでそんなに楽しそうなのか。


「メニューのご説明させていただきますね。バンズ、パティとお野菜は全部のバーガーで共通です」

「ばんず? ぱてぃ?」


 最後の単語以外全く分からず、俺は目を白黒させた。


「バンズは、上下をはさむパンのことです。パティが、中身のハンバーグ」

「ああ、そういうことか」

「ごめんなさい、分かりにくかったですね」

「頭が古いだけ。甘やかさなくていい」


 一番頭が古いイキモノが、生意気なことをのたまう。お前だって絶対知らなかったくせに。


「……とにかく、その他を選べばいいんですね」

「そうです。基本のセットはハンバーガーに自家製ピクルス、フレンチフライポテトにサラダ。これが全部ついてきます」


 一番おすすめメニューがこれとは、手がこんでいる。さすが高級店。


「いくつかカスタマイズできます。お好みで選んで下さい」

「わかりました」

「では、決まりましたら……あそこの鐘を鳴らしてお呼び下さいね」


 何かの冗談かと思ったが、女性はさっさと下へ降りていった。確かにロッカーの上に金属製の鐘がある。


「ものどもー、出会え出会え」

「うん、お前の認識だとそうなるよな」


 おしゃれな店と思わせて、やっていることは結構ローテクだ。このノリなら、メニューも攻略できそうな気がする。


「さて、セットは……意外とあるなあ」


 説明された基本のセット。

 そこから野菜分を抜いてドリンクとバーガーのみにすれば、追加料金なし。

 バーガー単品なら二百五十円引き。

 逆に基本のセットにドリンクを足せば、二百五十円プラス。


「うーん、どれもぴんとこないな……」


 健康のために、野菜は多めに摂取しておきたい。俺はメニューを読み込んだ。


「お、これはどうだ。季節のスープ」

 

 単純な話だが、「季節の」とついているだけで、今頼まなければという使命感に燃えてしまう。百円値上げも致し方なしだ。……しかし、スープの内容はどうなっているんだろう。


「おれんじ? はくさい。あれ何?」


 ひだるが興味を示した黒板が、ちょうどスープの説明になっていた。


「オレンジ白菜とベーコンのコンソメ、か。まあ、肉と野菜の洋風出汁煮込みってとこかな」

「こんそめ?」

「俺が時々余った野菜を煮る、あれだ」

「じゃあ、私はなしでいい」


 カロリーをこよなく愛するひだるは、フレンチフライの大盛りを選択した。俺はスープにいきたいのだが、「オレンジ白菜」にどうにも引っかかる。オレンジと白菜が煮込まれてきたらどうしよう。

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