第3話 熱いタピオカ
というわけで、連れだって近くの中華街までやってきた。目的の住所まで行くには、ここを突っ切るのが一番速い。
「変わったなあ……」
俺は中華街を見て、ため息をもらす。昔からの老舗は変わらず頑張っているのだが、流行りをあてこんだ店が大量に出ている。その最たるものが──
「タピオカ。あっちも」
「ありすぎて嫌になるな」
決して広くない──走れば端から端まで十分弱の中華街で、二軒おきに「タピオカ」の文字が躍っている。
「おいしいのに」
「飲んだのか?」
「直己がおごってくれた」
ひだるはすでに体験済だった。孫よ、男気を見せたな。
「暁久も、似たようなのをよく食べてる。きな粉まみれの」
「わらび餅とタピオカを一緒にするな」
「似てるという事実に目を背けてる」
図星を指されて、俺は下唇をかんだ。
「わかった。そこは認めよう。食ったらうまいかもしれん。しかし、あれには余計なもんがついてるだろ?」
「余計ダト」
まずい、ちょっと怒った。彼女にとっては、食料は全て崇拝の対象である。
「俺は苦手、って意味だ。甘ったるい牛乳や茶は、飲みきれなくてもったいないしな」
「ナライイ」
殺気がひいていく。俺は胸をなで下ろした。
「そんな暁久に、おすすめの店が」
「なに?」
「この近く。近く」
絶対におごって欲しかったのだろう、ひだるの動きに計画性を感じる。はめられたことに気付いたが、ここまで来たら付き合うしかなかった。
「茶……の店か」
連れてこられた店のガラス扉に、「中国茶専門店」とでかでかと書いてある。店先のカートには、お土産用の安い茶葉セットが山と積まれていた。店内には、もっと高そうな茶器や茶葉の姿が見える。
その店の一角だけがテイクアウト用のカウンターになっており、タピオカのメニューがびっしり書いてあった。さすが専門店らしく、茶葉の種類が多い。
「ここなら、お茶もおいしい」
「確かに。肉屋のコロッケが信用できる理屈だな」
「……五百円ちょうだい」
納得したところで、早速金をせびられた。
「いらっしゃいませ。何にします?」
にこやかな笑みを浮かべた女性店員が、ひだるに話しかける。
「タピオカミルクティー、ホットで」
「ホット!?」
聞いたことのない単語に、俺は目を丸くした。
「いや……冷たいのだろ、そういうのって」
流石にじじいでも、そのくらいのことは知っている。
「甘い。タピオカは柔らかいまま、甘みが長く楽しめる。至高」
俺が迷っているうちに、ひだるはさっさと「二つ」と注文してしまった。
窓口がガラス張りなので、店員の動きがよく見える。水を温めるのは電子レンジだが、それを注ぐ先にはちゃんとした茶葉があった。琥珀色の液体だけでは識別できないが、いったい何茶なのだろう。
「ジャスミンか? 烏龍か?」
「いえ、アッサムですよ。台湾では有名です。一番くせがないので、特にご指定なければこちらになりますね」
「へえ」
アッサム紅茶といえばインドのイメージだが、最近は台湾でも栽培されているようだ。本場のものより苦味が少なく、人気も出ているとひだるが受け売りで語る。
「はい、どうぞ」
出されたのは、何の変哲もない紙コップ。熱いので、持てるように中心にボール紙が巻かれている。そこまではいいのだが……
「なんだろう、この匙」
ドリンクには不釣り合いなプラスチックの匙がつっこまれている。
「それでタピオカをすくって食べてください」
「へえ……」
「食べ残しない。えらい」
「確かに」
夏にひだると歩いたとき、まだタピオカが残っているプラカップに突進するので苦労したものだ。これなら最後のひと粒まで、無駄にすることなく楽しめる。
「どれ」
まずはお手並み拝見、とミルクティーをすする。
「おお、これはうまい」
砂糖とミルクはしっかり入っているが、それに負けないくらい茶葉の味が出ている。こくのある甘い液体がのどに流れこむと、つま先まで温かくなってくる気がした。
「うむ。むちむち」
『木の根より生まれたとは思えぬ』
ひだるは茶よりも、底に沈んだタピオカを探るのに忙しい。霊たちもこの黒球が珍しいのか、満足げな顔でうなずいている。半分まで飲んだところで、俺も彼女にならうことにした。
「無味……」
しかし俺には合わなかった。
ぷにぷにとした食感は心地良いが、タピオカ自体にはあまり味がついていない。あくまで茶がメインで、これはおまけということなのだろうか。霊たちのリアクションが若干薄い理由が分かった。せっかく入れるのなら、砂糖の代わりにタピオカを甘くしても面白いと思うのだが。
「うへへ」
それでも入っているのが嬉しいらしく、ひだるがにやにやと笑っている。まあ、それが楽しいならいいか。タピオカはともかく、メインの茶がおいしいので俺もさほど苦も無く完食することができた。
「カップはこちらで処分しますね」
「美味しかったです、ごちそうさま」
「あら、ご年配の紳士からそう言っていただけるなんて。またどうぞ」
世辞だとわかっていても、褒められるのは気分がいい。足取りが軽くなった俺を見て、ひだるが「単純」と言った。
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