第5話 おまけが欲しい!
(とりあえず聞いてから決めよう。メインを先に考えるんだ)
ホットドックも美味そうだが、やはり最初なので看板メニューのハンバーガーを試しておきたい。そうなると、あまり奇抜でないトッピングは……
「チーズ、エンジョイチーズ、ベーコン、茸とモッツァレラ……このあたりか」
「私、ベーコンチーズ」
「迷いなくカロリーの上乗せを……」
「肉と油は正義」
「清い日本人のはずなのに」
「うるさい。早く決めて」
怒られてしまった。しかしここでも、俺は壁に突き当たる。
(チーズとエンジョイチーズの違いって何だろう)
エンジョイの方が百円高いから、なんだか楽しくさせてくれるのだろうが……詳細が分からないのに頼むのは怖い。スープのことも気になるから、まとめて質問してしまおう。
「ひだる、鐘」
「うん」
さっきから鳴らしたくて仕方なさそうだったひだるが、鐘のレバーに触れる。ちりぃん、と思っていたより大きな音が響いた。
「はあい」
下から、さっきと同じ女性が駆け上がってくる。ホールは彼女一人が担当のようだ。
「ご注文どうぞ」
「べーこんちーずばっが、ふらい大盛り」
「はい、かしこまりました」
英語部分は大分怪しかったが、無事にひだるの注文は済んだ。今度は俺の番だ。
「えーと……まず、このエンジョイチーズってなんですか」
「ああ、通常のチーズバーガーは一種類のチーズなんですが、こっちは二個ミックスなんです。味の違いが楽しめてお得ですよ」
「ああ、そういうことか……」
すっきりした。しかし俺はそこまでチーズ好きではないため、今回はパスする。
「じゃあ、茸とモッツァレラバーガーをメインで……あと、あそこのオレンジ白菜ってのは?」
「ああ、中の葉がすごく黄色い白菜のことです。普通の種類より繊維やビタミンも多いし、とっても甘いんです。冬だけのお楽しみですね」
「それなら良かった。じゃあ、サラダを季節のスープに変更してください」
「かしこまりました。では、今からバーガーを焼きますので十五分ほどお待ち下さい。お水のおかわりは、セルフです」
「わかりました」
十五分、か。一から作るから仕方ないとはいえ、結構長い。亡霊たちが、手持ちぶさたな表情でフロアをうろついている。
「もうすぐ来るから、好きにしてろ」
俺が声をかけると、彼らは踊りの練習を始めた。最近踊りに切れがあると思ったら、こんなこともしていたのか。
「なんでこんなことを」
「みんな暇」
「結構成仏したか?」
「そうだね。数十人、もう見送った」
当初は百人を越える魂の集合体だったのだが、だいぶまばらになっている。
「いいことだな……だが、最後の一体になったら、ちょっと寂しいか?」
ひだるに聞いてみた。彼女はちょっと、眉間に皺を寄せる。そして答えようとしたとき、客が次々に二階へ上がってきた。自然、オカルトな話がしにくくなって口をつぐむ。
しばらく沈黙が続いて、どうなることかと思った時……ようやくこの声がしたのだ。
「お待たせしました!」
☆☆☆
「あー、完食完食」
皿の上は、きれいに空になった。霊体たちも舞をやめ、喜びの余韻にひたっている。二階席は平日だというのに、徐々に埋まり始めていた。
「混雑時は一時間まで、って書いてあるし。そろそろ行くか?」
「そうだね」
俺たちは早めに席を立った。いつもはごねるひだるが、ずいぶんと大人しい。
「……暁久。言うことを聞くひだるは良い子だな?」
「そういう言い方をするのは悪い子だ」
なにか目的があったらしい。俺が釘を刺したのに、ひだるは構わず進み続けた。
「これ買って」
やはり食べ物の無心だった。一階壁際のびんに、ざっくりした全粒粉のクッキーがびっしり詰められている。来た時のわずかな間にこれを発見していたのだと分かると、ちょっと怖い。
「いや、飾りだろ……」
「販売もしてますよ。チョコチップとホワイトチョコチップ選べて……一枚から可能です」
「あるだけ全部」
「お前は黙ってなさい」
結局ひだると商売上手な店員さんに押し切られ、買う羽目になってしまった。俺とひだるの分で二枚だけ、という条件を貫いた自分を褒めたいと思う。
「ありがとうございましたー。また来てくださいね」
店を出る。ひだるが食え食えと迫るので、俺もクッキーをかじりながら歩いた。荒い生地に時々チョコレートが混じり、ねっとりと歯に絡みつく。美味いが、帰ったら歯磨きしないといけないな。
「暁久」
「ん?」
「来週は、どこへ行く?」
ひだるが聞いてきた。俺はそうだなあ、と首をひねる。
「毎回お前が選ぶと胃にもたれるから、次は俺な。大人しく待ってろ」
「うん」
ひだるはうなずいた。そして先を歩く。勝手知ったるわが家に帰るのだ、といわんばかりに軽く。
(いつまで続くのかねえ、これが……)
寒空の下、俺は考える。この生活を始めた時は、ひたすら怯えていたのに──なんだか目の前にある背中に、妙な愛着がわき始めているのだ。
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