第37話 火の元、発見

 坊主は怒りたいのだろうが、人目があるのでそうもいかない。俺の主張に負けてファミレスに入ったことを後悔しているに違いなかった。


(馬鹿め)


 残った五百円玉で珈琲代を支払い、俺は足早に店を出る。客待ちをしていたタクシーに飛び乗った。


 車が走り出してから、バッグの中を探る。実はこれ、底が二重になっていて薄いものを収納できるのだ。貴久子きくこが海外から買い付けて、俺によこした代物である。


(札入れはこっちに入ってるんだよ)


 はじめに声をかけられた時から、うさんくさい男だと思っていた。だからわざと人目のあるところに誘ったのだ。


(情報は正しいが、どうも体がついてきてないんだよな)


 真言はそれっぽかったが、坊主にしてはやたら体幹がふらふらしている上に歩くのが遅い。ろくに修行していないのは間違いなかった。


(どこから湧いて出た?)


 ひだるが消え、怪しげな坊主が現れた。これは、みんなの力を借りる必要がある事件だ。



 ☆☆☆



 道場の老人たちで結成された「ピンピンコロリの会」。最後まで元気で、逝くときはころっとを目指す、前向きなのかそうじゃないのか分からない集まりだ。


 俺がその面子に声をかけると、大半のものが行くと答えた。流石老人、時間を持て余している。


 道場を閉めてから、一同は畳の上で会合を始めた。


「あれ、浩一こういちがいねえな」

「いつものボランティアよ。結婚式場の受付」


 シルバー人材、というやつである。もらえる金はたいしたことないが、ボケ防止にやっている人間はちょこちょこいた。医師で端正な顔立ちの浩一は、式場など公的な場でも重宝されている。


 いつまでかかるかわからないので、そろった面子で先に始めることにした。


博正ひろまさに裏は取った。ものすごく謝ってたから、あいつのことは許してやってくれや」


 まず、四郎しろうが口を開く。彼の報告をまとめるとこうだ。


 博正はひどく退屈していた。入院中は他にやることもないし、人生で何よりの楽しみだった食事に制限がかかっている。


 自然と誰かに愚痴りたくなるが、見舞客などそうそう来ない。そのため、同室の男とちょくちょく話すようになった。


「気が合って盛り上がった時に、ぽろっと暁久あきひさのことを話したらしいんや」


 その男は和歌山の出で、ひだる神の伝説も知っていた。ついついご当地妖怪の話になり、オカルトマニアとして楽しい時を過ごしたという。


「憑かれてもあいつなら死なないから大丈夫──と、まあ明るくまとまったみたいやけど。その話が、タチの悪いのに伝わったんじゃないかと思うわ」


 同室の男が話したのか、立ち聞きだったかはわからない。しかし、悪意を持った人物が利用できると踏んだのは間違いなかった。


「うまくたかれば金が取れると思ったんじゃないか。そういうインチキ坊主や占い師は多いぜ」

「それにしても三百万だと。舐めやがって」


 場に怒気が漂う。俺は手を広げて、それを鎮めた。


「正体が知りたいよな。名指ししてやりゃ、もう来ないぜ」

「んなこと言ってもなあ」


 病院に来る人間とひとくくりにしても、家族・友人知人・職員と幅広い。警察でもあるまいし、総当たりにすると効率が悪すぎる。


「やっぱり、奴がもう一回やってくるのを待った方がいいんじゃないか? 証拠がつかめるかもしれない」

「どうやってつかむんだよ」

「詐欺の立件は難しいっていうしな……」

「別に訴えたいわけじゃないぞ。あの若造が痛い目みるなら、なんだっていい」


 俺が言う。しばしその場に集まった男共が、無言になった。


 未だ手がかりは俺の目撃証言だけだ。巨漢で声が大きく、顎下にほくろがあったことは覚えているが、それだけで人物の特定は難しい。結局、交代で病院を見張ろうかという無難な結論にまとまりかけた。


「すみません、遅れました」


 話の途中で、額に汗をかいた男が入ってきた。


「お疲れ」

「おう、飲め飲め」


 ボランティアに行っていた浩一の合流である。皆、彼の健闘をたたえた。


「受付だけじゃなかったのか?」

「今の結婚式って慌ただしいんですよ。風船だのフラワーシャワーだの、行事が多くて。手が空いたらそっちにも顔を出してました」


 本来のピークは春秋だが、土日月の三連休にはぽつぽつ式が入る。


「流石に冬だから、みんなさっさと済ませて室内に戻るけど。こっちの仕事はそれからなんですよ。ゴミが細かいったら」


 浩一はビールを開けながら愚痴った。


「で、話はどうなりました。面白いことになってそうですね」


 ようやく彼の汗がひいてきたので、一同は今までの話をかいつまんで伝えた。


「ん……」


 話が進むにつれ、浩一の目つきが鋭くなる。


(こいつ、何か知ってる)


 俺はぴんときた。


「どうした。心当たりがありそうじゃねえか」

「うん。体と声がデカくて、顎下にほくろでしょう? さっきそんな奴見ましたよ」

「本当かっ」

「どこで」


 全員が色めきたつ。俺も拳を握った。



 ☆☆☆



「なんか、場違いだな」

「だから言いましたよ。平服で来るなって」

「式場の下見ってことに」

「この年でか」


 怪しい坊主が現れたのは、なんと結婚式場だった。おしゃれな教会風の建物に白い花が咲き乱れる庭。明るい太陽の下、幸せがばら撒かれている。


(……坊主は……必要とされてないよなあ)


 こんなところで声をかけても、怪しまれるだけだ。あの男の目的は、一体なんだろう。


「ほら、ここから中が見えますよ」


 俺たちは浩一についていった。確かに窓装飾の間から、室内が覗ける。


「あっ」


 中が確認できた瞬間、俺は声をあげた。自分を騙そうとした男が、確かにここにいる。──ただし、司祭服を着て。


「坊主かつ……牧師?」


 そんなにいくつも宗教をかけもちすることができるのだろうか。俺は首をひねった。


「もしかしたら」


 浩一が低くつぶやく。何か思い当たることがある様子だった。



 ☆☆☆



「いいか」

「おう」


 全ての準備は整った。会のメンバーは各々物陰に隠れ、今か今かと坊主がやってくるのを待つ。


 玄関の鍵は開けてあった。のこのこやってきた奴を、奥まで入れて一気にたたく計画である。


「音がするぞ」

「しっ」


 カチャッ、ガタッ、ガタッ。


 玄関の方から、確かに物音が聞こえる。


「いよいよか」

「いや、待て。おかしい」

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