第38話 破壊神、降臨

 戸を開ける音ではない。開いていた戸に気付かず鍵を入れ、回す。結果的に閉まってしまったことに気付かず、揺すってみる。そんな感じだ。


(ということは、うちの鍵を持ってる奴)


 俺は時計を見た。直己なおきは学校、息子夫婦は仕事の時間。


(……まさか)


 俺の脳裏に、ある人物の顔がよぎる。それと同時に、また音が聞こえてきた。


 ガチャッ……ガラガラ……ピシャリ。


 戸が閉まり、続いて軽い足音が続く。


「おい、今度こそ来たぞ」

「いや、待て」


 俺ははやる友人たちを必死に押しとどめる。自分の予想が正しいとしたら、ここで奴に詰め寄るのはあまりにもまずい。


「なんでだよ」

「ん?」


 ガラガラ……。また扉が動く音がする。


「え?」

「二回目?」


 一同が首をかしげた時、どかどかと無遠慮な足音が聞こえてきた。


「お約束した光道こうどうです。伊藤いとう殿、いらっしゃ……ヒィッ」


 忘れもしない坊主の声が、途中から悲鳴に変わる。俺は竹刀を持ったまま、飛び出した。


「えっ、ちょっと」


 後ろから自分を呼ぶ声がするが、そんなことに構っていられない。人が死ぬかどうかの瀬戸際なのだ。


 パァンッ。


 走る俺の耳に、破裂音が届いた。


(やっぱり、やりやがった)


 ようやく玄関に辿り着く。そこには、完全に腰を抜かした坊主の他に──もう一人いた。


 腰に左手を当て、右手に拳銃を構えた老婆。見間違えようもない、妻の貴久子きくこだった。坊主は這って逃げようとするが、壁際に追い詰められてしまう。


「ひっ……ひいっ」

「人の男の家で、でかい声出すんじゃないよ」

「わ、私はここのご主人に憑いた妖怪を祓いに……」

「はあ? 笑わせないどくれ、生きてるババア一人どうこうできない半端者が、祓いなんて出来るわけがないだろうがッ」


 いや、妖怪よりもお前の方がよっぽど怖いと思う。


 貴久子は元々デザイナーだったのだが、自分の作品にぴったり合う石を探すためにバイヤーの世界にも足をつっこむようになった。


 うまくすれば数ヶ月分の稼ぎが一気に得られるため、宝石商はいつも犯罪者に狙われている。毎年死者が出るシビアな世界に身をおいた妻は、強くなった。


 拳銃ナイフマシンガンにミサイル砲、危なげなものは大体使えると評判である。よく入国できるな、と毎回思うが、そこは色々やり方があるのだそうだ。


 本物の修羅場をくぐってきた魔女。それに出くわした似非坊主は、腰を抜かして座り込んでしまった。


「そもそも『祓い』は神道だぞ。お前もいろんな役をやり過ぎて、おかしくなったな」

「ぎゃあっ」


 竹刀を構えた俺が姿を現すと、坊主は泡を吹いた。銃ほどのインパクトはないが、十分効果はあったらしい。


「いたのあんた。で、何なのこいつ」


 俺が答える前に、坊主がわめく。


「お、お前こそ何なんだっ。に、日本で銃なんて持っていいと思ってるのかっ」

「こいつはモデルガンさ、弾も撃てるけど」


 俺はちらっと壁を見た。貴久子が放った弾丸が、堅い壁にめりこんでいる。この威力が出せるなら、本物の銃と言わないだろうか。俺はそう思ったが、命が惜しいのでつっこまなかった。


「……こいつはな、似非坊主かつ似非牧師。その正体は冠婚葬祭会社の社員で、名前は大草聡大おおくさ そうた


 俺が名指しすると、坊主──大草が固まった。


「坊主を頼むにも牧師を頼むにも、ある程度金がいるからな。そりゃ自分のところで済ませられれば手軽だろう」


 しかし大草は欲を出した。仕事で身につけた技術を悪用して、俺をひっかけようとしたのだ。


「だが、相手を間違えたなあ。お前が偽ということくらい、すぐ分かったよ。正体を特定できたのはたまたまだったがな」


 俺は竹刀を肩にかつぐ。


「打ちゃしねえよ。無手で腰抜かしてる相手に向ける剣はねえ」


 だが、と続ける。


「法による裁きは受けてもらう。叩けば他にも埃が出そうだ」


 俺が言い終わると同時に、パトカーのサイレン音が聞こえてきた。


「おお、来た来た」

「どこの国でも、警察ってのは遅れてくるわりに声がでかいねえ」

「縛っとくか、こいつ」

「いらねえだろ、腰抜けてるし」

「……耳が痛い。なにこれ?」

「パトカーのサイレンだよ。さて、外に行って誘導してくるか」

「……外に行くなら、ついでにご飯」

「こんな時に飯って──」


 反論しかけて、俺は固まった。混じった女の声に、聞き覚えがある。


「まさか」

「ただいま」


 やや気まずそうに、体をよじっている女。それは間違いなくひだるだった。



☆☆☆



 翌日、戻ってきたひだるを全員で囲い、「竜馬」まで連れて行く。


「今日、木曜だっけ?」


 大分人間界になじんだひだるが、首をかしげる。


「特別な時はいいんだ」

「はて」

「貴久子が作るとかバカなことを言い出さないうちに。頼む」


 はるか以前にした約束は、異常事態によってふっとんでいる。勢いで押しきるなら今しかなかった。


居酒屋「竜馬」は、日曜日だけ午後三時からあいている。といっても、三時からやってくる客はそう多くない。


 しかし今日は俺たちが集団で押しかけたものだから、店長が目をしばたいていた。


「珍しい。何か集まりの帰りですか?」

「いや、まあ」


 集まったのは事実だが、その理由が一言で説明できない。もらったおしぼりで手を拭きながら、俺はあいまいに笑った。


「全員ビールでいいか?」

「どうしようかな」


 飲み助が多いので、皆悩んでいる。その隙に、俺はひだるにこっそり聞く。


「まず聞こう。今まで、どこに行ってた?」

「日本中」

「は?」

「今はブンメーが発達している」


 問い詰めると、電車や飛行機に無断で乗りまくっていたことが判明した。都合が悪くなれば姿を消せるのだから、彼女にとっては楽な道中だったという。


「俺に憑いてるんじゃなかったのか」

「一時的にやめた」


 人にくっついている時より消耗が激しいが、やろうと思えば離れられるらしい。それを最初に言え、と怒ったが無視された。


「しかしなんで、突然そんなことをしようと思ったんだ?」


 俺が聞くと、ひだるは急にうつむいた。


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