木曜日のひだる神~おじいちゃんとJKあやかし食べ歩き祭~
刀綱一實
路地裏のハンバーガータワーと、中華街のタピオカ
第1話 縦に大きく口を開いて
自分がどれだけ口を開けられるか、限界への挑戦。そんな単語が頭に浮かんだ。
上から錨のマークが押されたパン……ではなくバンズ、香ばしく味付けされた茸ととろけたチーズ、デミグラス添え。さらに下へいくと、国産肉のハンバーグ……いやこれもパティと言わなければならんらしい、そしてしゃきっとしたトマトにレタス、底にはまたバンズ。
高さ十センチの魅惑的なハンバーガータワーがそこにあった。美しい見た目を保つためか、竹串がしっかりと中心を貫いている。
「しかしこれ……どうして食べるんだ?」
一部だけかじって終わりでは、もったいない。しかし分解しなければ、倒れてぐちゃぐちゃになってしまいそうだ。
俺が助けを求めて店員さんを見ると、彼女は心配無用とばかりに微笑む。
「バーガー袋の使い方はご存じですか?」
「袋?」
「はい。これを開いて……」
テーブルに置かれたのは紙ナプキンに見えたが、四角の一片を持ち上げると確かに袋になっている。
「この中にバーガーを入れて下さい。錨のマークが手前になるように」
「なるほど」
「しっかり入ったら、竹串を抜いて。それからぎゅっと握ってもらえれば、全部おいしく食べられます。底に肉汁がたまるので、気をつけてくださいね」
俺は半信半疑のままうなずく。店員さんはそれを確認してから、一階へ駆け下りていった。
「やってみて」
連れがけしかける。自分が実験台になる気はないらしい。
「んじゃ、まあ……」
言われた通りにしてみる。すると、バーガーの高さがやや減って御しやすくなった。なんだろう、相手の急所をついたような気がする。
「いただきます」
俺はこの流れのまま、バーガーにかぶりついた。
口を閉じる。やや塩味が強いパティは、噛めば噛むほど濃い肉の味がする。中からじゅわっとしみ出してくる肉汁を、ふわふわとしたバンズが引き受ける。しっかり入った野菜を噛めば、後味もすっきりだ。
「ふふふ、勝利」
誰に勝ったかはわからないが、俺は思わずそうつぶやいていた。それを見た連れが、あわてて真似をする。
「うむー……」
目の前に座っている女子……の形をしたイキモノが、浮かない顔になった。
『肉だ』
『肉を称えよ』
『櫓を組め』
彼女の周りにいる白い霊体たちは、肉に興奮して盆踊りに忙しいのだが。
「……あ、ピラミッドができた。組み体操か、統一感ないな」
「む」
「どうした、みんな喜んでるぞ」
「肉ばかりかじってしまった。配分が崩れる」
「お前は口が小さいからな。本体に戻れば別だが」
「屈辱」
「ははは。その姿を選んだのはお前だろ、ひだる」
俺は負け犬の遠吠えを無視して、まだ残っているハンバーガーにかぶりついた。チーズ料理は、温かいうちが華だ。硬くなってしまってからでは、具材全てを包み込む柔軟性が失われてしまう。
「おっと、これを忘れちゃいけない」
皿の端にのっていたピクルスを、ぱりぱりかじる。肉で油っぽくなった口の中が、あっという間に初期化された。これなら、あれも美味しくいただけそうだ。
「フレンチフライ、か」
くし形に切ったジャガイモの表面に、細かい溝がついている。それを油に入れてきつね色になるまで揚げた逸品。よく食べる細柱状のポテトとは、全くの別物に見えた。
口に入れて噛むと、かりっと心地良い音がする。サクサクした表面を食い破ると、中からねっとりした芋の本体が追いかけてきた。その食感の違いがたまらない。
「うん、いける」
通常セットなら、ピクルスと同じくらいの控えめ量なのもありがたい。最後まで美味しいまま、食べ切れそうだ。
「さて、最後はスープか……」
実はこれが一番楽しみだったのだ。家で作るのと違って、たっぷり時間をかけて煮込む専門店のコンソメは美味い。小さなカップに、俺は期待をこめながらスプーンを刺した。
重みがある。よくある申し訳程度の具ではなく、白菜とベーコン、それに彩りのニンジンがたっぷりと柄にからみついてきた。はやる気持ちを抑え、まず白菜とスープだけを口に運ぶ。
「うまっ」
思わず子供のような声を漏らした。とろとろと柔らかい白菜の芯に、しっかり塩味のスープが絡んで立派なおかずになっている。
もう一口、と手が伸びた。今度はベーコンとニンジンも入っている。今度は肉の旨みが野菜に絡みつき、より複雑な味わいになった。単に塩辛いだけではない、この広がりは自作ではなかなか再現できない。
「ひだる。いけるぞこれ。今回は俺の選び方が良かった」
「そう、
喜ぶ俺を見て、不意にポテトをかじっていたひだるがつぶやいた。
「ああ。お前の店選びも最高だな」
そう言うと、ひだるがにやりと笑う。いつもこんな顔なら、可愛いものなのだが。
一年前の俺なら、こんな若者向きの店に来ることはまずなかっただろう。そういう意味では、妖でも尻をたたいてくれることに感謝すべきなのかもしれない。俺の頭に、今朝のやりとりが蘇った。
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