第2話いつだって上司は無茶振り

 「起きて〜ねぇ、起きてよ〜」

 可愛いらし声と共に小さな手が容赦なく俺のほっぺたに振り落とされ、パンっパンと景気の良い音が鳴る。

 …めちゃくちゃ痛い。

 余りの痛さにまた気絶しそうになるが、また振りかぶった気配に慌てて起き上がる。

 「起きた!目が覚めたからお願い打たないで!」

 「あ〜よかった。パパ、にんげんおきたよ〜」

 今だに目眩がするし、状況がよく飲み込め無いが、とりあえず生きていて、あの死にそうな程の身体の不快な症状はきれいさっぱりと消えている。

 さらに生きている事が夢ではない事は、打たれた頬のじんじんする痛みが証明している。

 「あのね、ぼくね、ぼうけんするよ」

可愛い声が聴こえる方へ目を向けると、2歳くらいの意識を失う寸前に天使に見間違えた愛らしいがなぜか裸の男の子がいて、小さな手を胸の前でギュッと握りしめた可愛さ満点のポーズで謎の宣言をしてきた。

 「え?うん?冒険したいの?あ〜うん。もうちょっと大きくなってからの方が良いと思うよ?それよりなんで裸なの?あれ?えっとここは何処だ?」

 子供を宥めつつ辺りを見渡すと明かにマンションの廊下では無い景色が目に入り、呆然とする。

 壮麗で大理石っぽい石でできたやたらと広いまるで外国の古代の神殿の様な雰囲気で後ろを振り返りエレベーターの扉を確認するもまるで地獄の門の様な厳ついレリーフが施された重厚で頑丈な石の扉になっている。

 四方を石で囲まれた空間なのに明るいのは石自体が光を放っている為だろう。

 でっかいドラゴンの彫刻も何体も有る。

 「なんで?ぼく、ちゃんとみつけてきたよ?」

 全く宥められていない子供が不思議そうにこてん小首を傾げながら自分はできると主張する。

 

 ……物凄く嫌な予感がする。

 まるで状況が飲み込めていないのに、すでにとてつもない厄介事に巻き込まれているという空気がヒシヒシと流れ、伝わってくる。

 (いやいやまさか、ライトノベルとかで流行りの異世界転移何てことはないよな?)

 自分の様な平凡な男がまさかそんな筈ないと震えていると、突然パッと目を開けていられな位の光が弾ける。

 「うわぁ」

 「パパー」

 子供が嬉しそうな声と共にとたとたと駆寄る。 

 やっと光の衝撃から目が慣れて開いたら、とんでもない光景が目に入り、ひっくり返る。

(嘘だろ?!あれ恐竜?いや、ドラゴンなのか?っていうかパパってどういうこと?)

 子供がしがみついているのは明かに肉食竜と思われる立派な牙と爪を持つ黒金色に輝く鱗を持つ巨大な爬虫類で、どう見ても捕食者と餌にしか見えないのに、子供は嬉しそうにきゃっきゃとしている。

 唖然として腰を抜かしていると、威厳のあり重々しいがやさしい声が頭に直接響き問いかけられる。

 <人間よ、身体の調子はどうだ?何処か不具合はないか?>

 話かけられ更に混乱するも、答えないと拙い状況になりそうで、緊張で渇いた喉を唾で湿らせなんとか声を出す。

 「はい…あのとりあえず大丈夫です。その…具合は悪くありませんが、驚きすぎて腰が抜けてます。」

 <そうか、無事に世界を渡ることができたことを嬉しく思うぞ。世界を渡る際の衝撃はすざまじいからな。腰を抜かしているだけならたいしたことないだろう>

 やさしい声でとんでもないことをさらっという巨大爬虫類にオシッコを漏らしそうになる。

 「あの…世界を渡るとは?此処はどこなんですか?その、貴方は神なのですか?」

 <私は、この世界の最古のドラゴンエンシェント=ファロンだ。そしてこれは、私の息子だ。神ではない。其方も気がついているようだが、ここは地球ではない。そもそも地球のある時空間とは違うだろう。創造主が作り上げた箱庭エデンだが、独自に進化してきた世界になる。>

 「箱庭エデン…」

 <そうだ、創造主の人形達が生を持ち、その生を全うすべく動いているうちにそれぞれが独立した生き物になり世界を作り上げてきた。創造主は好きに動き、生きる人形達を見ることが好きで我らに干渉することは滅多にないが、極稀に創造主の思惑外の惨事への対処を求める事がある

 (何ていうか…面倒臭い厄介ごとを部下に丸投げしてくる上司の気配をうっすらと感じるな)

 若干、遠い目をしてこのファンタジーの現場から思考を飛ばすもドラゴンは許してくれない。

 <不快過ぎて箱庭には不要な技術の排除する思惑もあるようだが、創造主自らが直接手を下す事は出来ない。だから代わりに動く駒が必要なのだ。我らドラゴンもその役目を担っているが、我らはその他にも重大な使命を与えられているのである>

 (この話の流れ、絶対俺に駒として動けって言うやつだろ!嫌でもうんと言わせられる空気を感じるぞ。)

 逃げられそうにない状況に戦慄し少し後ずさる。

 ドラゴンはニヤリを笑ったように牙を出すと将をジッと見つめフンと鼻息を溢す。

 <そうだ、其方の考えている通り創造主は我らに下された。今、この世界に有るべきではない物の排除を。それが何なのかは教えてくだされないが、そのせいで混乱が箱庭に溢れているらしい、このまま放って置けば箱庭そのものが崩れ去ってしまう。早急に調査・対応をするようにと。その為、我は、この子を創りだし、相棒の其方を召喚させたのだ。>

 「相棒ですか?それって誰でも良いわけではないんですか?」

<勿論だとも、先程も言ったように世界を渡った魂を共有している者でなくてはならない。ただその魂の共有者は生まれて間もない子のうちでなければ感じる事ができず探せないのだ。この子は生まれてすぐに世界を渡り自分の半身である共有者を探し始めた。そして其方をみつけたんだよ>

 古のドラゴンは愛おしげに我が子に頬ずりをする。

 <其方が生きて世界を渡った事、そしてこの子が人間の姿に変身出来ている事が、魂を共有する半身の証拠なのだ>

「えっと、とういう事はもしかしてエレベーターにいたトカゲはその子なんですか?!変身って嘘だろ?」

 驚いてドラゴンの足元にいた子供に視線を移すと、ニコっと笑ってから小さな胸をえっへんと張る姿に気の重いこんな状況でも思わず頬がゆるんでしまう。

 

 それにしても、フワッとした理由で他の世界の人を巻き込んで無茶振りするは、本当にやめてほしい。




 

 

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