第29話獣人男爵

 男の名前が妙に引っかかり首を傾げる。

 …アルベルトって悪徳貴族って噂されてた男爵もその名だったよなと、大泣きしたせいで悪人面がさらに酷い状態になっている男をジーッと見ながら思い出す。

 確かに何処から見ても紛うことなき悪人に見える。もし、正当でまっとうな事業だったとしても悪徳なものと勘違いされてもおかしくない…良くも悪くも人は見た目で判断されるので、彼の外見は残念ながら誤解を生みやすい。

 いやいや、もしかしたらアルベルトなんてこの世界では、鈴木や佐藤ぐらいありふれた名なの可能性もあるし、そもそも貴族ではないいかもしれない。至急確認するべきだろう。

「もしかして、悪徳貴族のアルベルト男爵ではないですよね?」

 場がシーンとしたことで、思わずド・ストレートに質問してしまったとあわあわする。

「あ、あの、そのすみません。えっとま…街の噂でそんな名前を聞いていたので思わず口に出てしまいました」

 ハン=アルベルトと名乗った男は視線をこちらから逸らさずジッと見ていたが、ニヤリと笑ってアッサリと認める。

「そうだぜ?俺は悪徳貴族と言われているアルベルト男爵だよ」

 

「街でどんな噂が流れているかはある程度は把握している。貧民街の住人を奴隷に落としているとか、子供の行方不明の首謀者とかとにかく街で起こる悪どい事は全て俺のせいって言われているな」

 めんどくさそうにアルベルト男爵は言い、抱き抱えていた双子を俺の手元に返した。

「今、俺が抱き抱えていると人質みたいに感じるだろ?信じるかどうかはお前の判断に任すが、俺の話を聞いてほしい」

 そう言ってアルベルト男爵は自身の事を話し始めた。


 彼の祖父母は、それぞれ人間と獣人のハーフなのだが、それはある小国が、人間以上の戦闘力を持った兵士を作り上げる為に、捉えた獣人と人間の奴隷を無理やり掛け合わせる実験の結果だったらしい。

 その実験で祖父母のように獣人の血を引く人間がある一定数生まれたが、彼らが戦場に立つ前に国そのものが帝国との戦争に敗れて滅亡した。戦後のどさくさで彼らは逃げだして、自身の血をひた隠しにして普通の人間のフリをして暮らしていた。

 しかし、兵役で徴兵されると人間との能力の差は歴然としていて、戦場で大いに活躍し、ある意味で小国の思惑は的を得ていた事が証明された。

 帝国は実力主義なので、戦争で活躍すると爵位が与えられる事もある。アルベルト男爵の祖父、父親もそして彼も受け継がれた訳ではなく、文字通り自身の力で爵位をもぎ取ってきたのだ。

 祖父母は晩年それなりに穏やかに暮らしたが、彼らが受けた屈辱と癒えない悲しみは、彼らの血を引く者達の胸に深く染み込んでいる。祖父母は、常々自分達の様な苦しみを同胞達が負う事ない世にしたいと口にしていて自身の力も財力も惜しまなかった。

 それは、一族の願いとして今も受け継がれている。

 アルベルト男爵は、本人が気がつかないくらい薄くても同胞の血の匂いがわかるらしい。帝国では本来なら奴隷でも一定の人権が与えられるので、それなりの暮らしができるのだが、中には一切を無視して奴隷を酷使して使い捨てにする者たちもいる。狡賢く悪知恵に長ける者は巧妙な為、救い出せず命を落としてしまう者が多くいた。それをなんとかしたいアルベルト男爵は、見た目を大いに活かす事で、悪名をわざと広げ、苦境に立たされている同胞を無理やり奪った行為の文句や反論を封じてきたらしい。

 彼らは街から救い出したら、別の場所で匿い養生させた上で、できる仕事を与えているので街から姿が消えるのだと言う。


「俺は自分の中の獣人の血を大いに誇っているが、そう言える者は多くはない。迫害され、殺された同胞を見てきた者はどうしても恐怖心を持ち自身の血を唾棄してしまう。それは折角この世に生を受けたのに勿体無いだろ?どうせなら楽しまないと損だ。だから少しでも俺にできることがあるなら手を貸したいんだよ」

「…貴方の負担ばかりが多くないですか?そんな事ばかりしてたら、敵だって増えるばかりだ」

「ふん!俺の悪評を甘くみるなよ?俺に逆らえば誰だろうと、生きたまま獣の餌にされたり、手足を縛られて崖から海に投げ落とされるんだからな」

 踏ん反り返って悪人面で言われると、本気にしそうになる。

「子供の行方不明も貴方が関係してるんですか?」

 両親が揃っている子が行方不明なのは親の虐待なのかな?と疑問に思って聞いてみるが、アルベルト男爵は眉間にしわを寄せ唸り否定する。

「それは俺の預かり知らぬ事件なんだよ。部下に聞いても誰も関与していない…でも、俺の名が街ででるのは今までの行いだよな…」

 どうやら彼の悪名を利用して悪さをしている輩がいるらしい。

 この男が関与していないなら子供の誘拐はこれからも続くことになり、子供も親も安心は出来ない。

 それはアルベルト男爵も危惧していて、今、その犯人の特定に力を注いでいたので、俺たちの事を事前に把握でき、こっそり見張ることで、今回助けることができたのだと笑顔で言われた。

「こんなこと言うと引かれるかもしれないが、俺はどうしてか小さき者に目がないんだ…見た目にそぐわないのがよくわかっているし、部下達も笑うんだが、可愛いものが大好きでな…だから嫁や子供が欲しかったんだが、戦い続きで気が付いたらもう40を超えていて、今更嫁いでくれる奇特な女もいないからせめて養子だけでもと思って…まぁ結果は散々だったんだが、どうだろう俺ではやはりこの子達を預けるには不合格だろうか…」

 堂々として見た目も中身も漢らしい人が、照れた様に頭をかきながら、視線を落として少し自信なさげな様子に思わず吹き出してしまう。

「貴方が不合格ならこの子達の養父になれる人はこの世界にいなくなってしまいます。俺は事情があってどうしても一つの所に止まれません。危険な旅を続けなくてはいけないけど、この子達を連れて行くのは躊躇してたんですよね。でも、下手な所に預けるのは絶対に嫌だったんです。俺からもお願いします。どうかこの子達に笑顔を与えてください。生きていて楽しいって思えるように貴方が導いてくれれば安心です」

 双子を抱きしめて揃って頭を下げる。本当にどうかこの子達が幸せになれますように、自身に流れる血を厭う事なく、誇りに思い力強く生きてほしい。ハン=アルベルトに任せておけばきっとそんな人生を歩んでくれると信じられる。


♢♢♢


 それにしても、見た目にそぐわず可愛い物好きとは…妻子がいないなら、この部屋のちょっとした小物がファンシーなのはこの人の趣味なんだろうか…凶悪な熊に似た容貌で小さな熊のぬいぐるみを選んだりしているのを想像したら微笑ましくなってクスッと笑ってしまう。うん、絶対に悪人ではないな…


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