第32話ことに当たる前に…
目が覚めて、全てが夢だったなんてオチにはなってなくて、それどころか目の前には、仏頂面のケバ顔が有り、もう一度夢の世界へ旅立ちたくなった。
「いつまで寝てんのよ!さっさと起きて行動を開始しなさい。私はもう200年も汚らわしい血を浴びてるんだから、いつ闇落ちしてもおかしくないんだからね?」
つい数時間前までは、そんな事欠片も思いもしてなかったくせして、よく言うよと苛つきつつもベッドから身を起こす。
「ハイ…わかりました。今起きます。闇落ちって、姿はもう落ちてる気もしますけどね…」
ボソッと付け足すと、なんか言った?!と凄まれる。
「別に…あの、もしかして解放されるまで付き纏う、もとい…え〜っと一緒に行動するんですか?」
そんなの勘弁してよ、と思いながら恐る恐る問いかけると、精霊はバッとドレスを翻して、蹲り、どうやっているのか不明だが、上から魔法の光でスポットライトまで当てた状態を作り出す。それを呆気にとられながら見つめるはめになった。
「囚われの姫が手で助けできるのは、ほんの数時間だけでそれは、とっても貴重なのよ…あとは、貴方達が死に物狂いで答えを見つけて行動しないとハッピーエンドは迎えられないの!」
大袈裟な仕草で泣き崩れたら、光が消えサッと精霊がその場から消えた。
その芸の細かさに余裕じゃねかと半眼になってツッコむ。目覚めていきなりコレだなんて、今日の運勢は最悪かよと呻くが、誰もなぐさめてくれないの気合で気分を立て直す。
グアっと背伸びをしてみて、体の痛みが無いのを確認し、昨日負傷したのにもう治っている自分の治癒力に密かに感動していると、子供達を連れたアルベルト男爵が部屋に入ってきて、ルーが飛びついてきた。
「しょう〜おはよう!げんきになった?るーとあそんで?」
朝から元気いっぱいのルーを抱えて、挨拶をする。
「おはよう、アルベルト男爵、ニコ、ティムおはようございます。なんか昨日はすみません…いつ寝たのかもわからないし、気がついたら朝でした。」
「おはよう。気にするな。怪我も酷かったし疲れが溜まっていたんだろ。子供達もいい子でいてくれたから安心していいぞ」
「あのね!お兄ちゃん、僕たちのお部屋があるんだよ!ルー君も一緒に寝たんだ〜」
ティムの言葉に驚いて男爵を見て、子供部屋は前々から準備万端に用意してあると説明されると、どれだけ熱望していたんだと苦笑いしてしまう。
「準備万端な所、申し訳ないんですけど、一度子供達を連れて宿に帰って顔を見せてから退去しないと不審がられます」
「それはそうだな。子供が拐われたと誤解されそうだ。宿を引き払ったら俺の所に来て欲しいんだがどうだろう。精霊様のこともあるし、しばらくはこの街に滞在しないといけないだろう?俺が面倒みよう」
男爵の言葉にあの精霊の姿が浮かび、高笑いしながら脳裏を横切っていく。思わず頰が引きつった…
「…お手数おかけします…」
♢♢♢
宿の女将さんは、昨日戻らなかった俺たちをとても心配してくれてたらしく、無事に宿に戻った俺達の姿に安堵していた。
偶然知り合いに出会い、お世話になる事になったと説明して宿を出ることを告げる、前金で払っていた分は、心配かけたお詫びとして受け取って欲しいと世話になったお礼もしっかりとしてから宿をあとにした。
アルベルト男爵の部下が護衛と案内も兼ねてついてきてくれたので、そのまま男爵の屋敷に向かったのだが、アシヌスのロシナンテはともかく、白狼のロボには部下さん達は腰が引けていた。自分を怖がっているのが面白いのか、ロボが気配を殺して彼らに近づき、背中に飛び乗って驚かすという遊びをしている。彼らは、何度も振り返ったり、ロボの位置を確認しているのに引っかかるのを見て、改めて白狼の能力値の高さに驚く。
俺の命令に忠実だけど、一体全体どこを気に入ってくれたんだろうと不思議に思うが、深く考えずに、ただその幸運を噛み締める事にした。
貴族区に入るときに、門を管理している門番の兵士が俺に対して賄賂を要求してきたが、アルベルト男爵の名をだしたら何事もなかったかの様にサッと通されたので、どれだけ男爵の悪名が轟いているのかと呆れるが、普段から賄賂のやりとりをしているのだとしたら、この街はだいぶ歪んでいるんだなとうんざりした。
生まれ育った世界を捨てて、この
貴族区の様子を魔力を通して見てみるとと壁から微かに澱みを感じ、辺りの空気が少し冷たい。壁が高く日陰になっているからではなく、体の芯がゾワりと冷える感じなので、この中に長期間いると、じわじわと少しずつ体調や精神が不調になるだろう、異変に気がついた時はもう遅く、手遅になってしまった人もいただろう。
先程の門番も判断能力が低下してきて、善悪の判断が甘くなっているのかもしれない。
アルベルト男爵達は、貴族区の外にいることが多いそうだから、今も無事に過ごしているが、屋敷に常駐している使用人には薬草茶を飲ませて少しずつ、内から浄化させたほうが安心だなと考えていると屋敷についた。
悪趣味な屋敷のキラキラな外装にうわぁ…っと声が漏れ、一歩下がる。入りたくない。
「悪徳男爵としての異名を保つには、これくらいの屋敷じゃ無いとダメなんですよ。決して主の趣味ではありません」
ドン引きしている様子に苦笑いして説明してくれるが、確かにこの屋敷の住人はセンスの欠片もない成金の悪党の住処にふさわしいと納得した。
中に入ればやはりピカピカでキラキラの装飾品が所狭しと飾られていて落ち着かないのに、ルーに至っては目をまん丸くして頰を紅潮させて、身震いしている。異常に興奮している。ソワソワと落ち着かなげにしていて、抱いている腕の力を弱めれば突撃をしそうな勢いなのが怖い。
「ルー君?どうしたの…鼻息荒くない?」
「しょう…るーこれすごくすき!きらきらよ!ぴかぴかしてるよ!」
…そういえば、ドラゴンってキラキラした宝飾類が好きっていう説もあったなと、気が遠くなる。こんな可愛い幼児が宝飾類に異常に興奮するってシュールだな…
ルーの興奮に使用人達も壊されては堪らないと警戒したのか足早に先を急ぎ、部屋に案内してくれた。案内された部屋は先程とはうって変わってとてもシンプルで過ごしやすい雰囲気で、ホッと安心する。ルーの為なのか、可愛らしいぬいぐるみや積み木のおもちゃなどが用意されている。早速、積み木で遊びだしたルーや双子にそれをじゃまする黒猫の動くぬいぐるみのショールを見ながら荷物を下ろして、ベッドに座る。
屋敷の使用人に飲んでもらう薬草茶を取り出し、必ず使用人全員に飲む様に伝えてると不思議そうな顔をされたが、了承してもらえた。
森で子供達に初めて飲ませた時から移動中も改良を重ね、今ではある程度の予防や浄化が期待できるレベルになった自信作なのだ。本格的にやばそうな人にはポーションを飲ませるが、この程度なら薬草茶で十分効果を期待できるだろう。ちょっとだけど、異世界の役に立つ代物を作れたのを自慢したいのを我慢していて、ムズムズしてしまう、きっと無駄に鼻の穴が広がっていて、おかしな顔をしているに違いない。
ここだけの話、実は異世界テンプレは本当に無いのかとこっそり試しては撃沈した。鑑定なんてできないし、ステータスだってわからない。「ステータス、オープン!」と呟いたことは内緒だ。シーン…としたあの虚しさは忘れられない…とにかく今回の薬草茶はそんな残念な俺が自分で作り上げた作品だということ強調したい!
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