第8話しばしの安息を要求します

 ……濃い、濃すぎる話をノンストップで脳に取り込んだので、オーバーヒート気味だ。

 今日を朝から振り返れば、最恐のジェットコースターを連続で50回位乗り続け、恐怖のメーターが振り切れぶっ壊れて、ハイになっているような感じだ。

 死にはしないが、到底まともな状態とも言えないだろう。

 きちんと受け止める時間を頂きたい。

 将の何とも言えない表情から心情を慮った衛藤が今日は、ここまでで終わりにして、また明日続きをしようと言い出した。

 「将さん、だいぶお疲れですよね。お腹は空いてますか?それとも早く休みたいですか?」

 その質問待ってました!とばかりに返事をする。

 「腹減ってます!クッキー美味しかったけど、俺、残業でまだ夕飯も食べてなくって、何故か服は乾いているけど、雨に打たれたから風呂にも入りたいし、ベッドでゆっくりもしたいです!」

 「うわっ、ごめんなさい。そうですよね、いきなり連れてこられたのに全く配慮してませんでした。直ぐにご飯を用意しますから、その間にお風呂に入って下さいね」

 衛藤の申し出に、ルーを抱いて勢いよく立ち上がる。

 「はい!うわぁ、嬉しいです。ありがとうございます!ルー風呂だって〜ご飯だって〜やったね」

 歌うようにルーに話かけ、喜びを表す将にルーも嬉しそうに笑う。

 「しょう、うれしい?るーもうれしい」

 「こちらですよ。案内するので、ついて来て下さいね。」

 衛藤も笑いながら、風呂場へと案内する。

 「こっちで暮らすようになってやっぱりどうしてもお風呂へは入りたくて、エンシェントに頼んで造ってもらったんです。」

 

 たどり着いた風呂場はとにかく大きかった。

 銭湯の様な脱衣所でタオルの場所、汚れ物はこことテキパキと説明し、着替えも籠に入れられて渡された。

 浴槽は、床の岩キレイに長方形に掘った25mプールくらいある、周りを飾り石で補強した造りで、何故か岩壁に立体的に彫られたリアルなライオン像の口から湯がもうもうと流れている。

 「これがシャンプーで、こっちがコンディショナーです。体は石鹸で洗って下さい。」

 「スゲ〜お風呂セットが揃ってる。」

 感心していると、裸のルーがトタトタと浴槽へ向かっているのに気がつき慌てる。

 「あっ!こら走るな!あといきなり浴槽に入るのはマナー違反だぞ」

 ルーを抱き上げて連れ戻し、一緒に入る準備をする。

 「では、ごゆっくり〜ルーをしっかり見てあげて下さいね」

 衛藤が笑顔で出ていくと、早速入浴準備に取り掛かる。

 「ルーいいか?まず、体にお湯をかけて…」

 ルーに湯をかけてやると、びっくりしたようで、目がまん丸くなって固まっている。

 「おい、大丈夫か?お湯熱かったか?」

 動かないルーの顔を覗き見ると、パァと顔を輝かせはしゃぎ出す。

 「きゃー!るー、これすき」

 どうやら、気に入ったようで安心する。

 「そうか、よかった。じゃ次は頭と体を洗って湯船に浸かろうな?」

 シャンプーを少量手に取り、泡だててみるが、香りも爽やかでなかなかだ。だてに、200年も過ごしてないなと感心する。

 ルーも大人しく、顔に湯がかかっても嫌がらなかったし、石鹸で体を洗うのも楽しいらしく、自分の小さな手で洗ってくれたので手がかからず、自分もそれなりに時間をかけて頭と体を洗う事ができた。

 「あ〜きもちいいなぁ〜」

 湯船の浅瀬に浸かった途端、気が抜ける。

 浴槽の奥はだいぶ深くなっていて、潜水プール位の深さがある。

 ルーは何故か湯に浸かった途端、ドラゴンの姿になり目を閉じてプカプカ浮いている。

 気持ちがいいらしい。

 その様子をほんわか眺めていると、ふと、違和感なく子育てを受け入れている状況に気づく、それにひとりじゃないのにこれ程、寛げている事実に変な気分になる。

 こんなことは、亡き愛犬と過ごしていた時以来だ。

 自分はひとりが大好きだ。

 ボッチを楽しんでいる。

 両親と姉の4人家族で家族仲は良好だし、初対面でも問題無くコミュニケーションが取れる。

 友人、知人と過ごすのも好きだし、むしろ空気を読むのは、得意な方だ。

 ただ、他人と深く付き合うことをめんどくさいと思っているだけだ。

 本当の自分を晒せる相手、親友や恋人がいない人に憐みを持つ人がいるが、俺からしたら何故、晒さないといけないのか?と疑問に思う。

 正直、自分には晒けだすほどの深みや悩みがないのだ。

 愛犬と死に別れた時は、家族も引くほど泣いて悲しんだので愛せない人間ではないと思いたい。

 今だって亡き愛犬を思うと寂しく泣ける。 

 俺は、オタクなのにハマるものはたくさんあるが推しはいないし、沼にどっぷりハマることがないのだけは寂しいと思う。

 推しへの愛を全力で叫んで充実したオタクライフを過ごしている方を本気で尊敬しているし、羨ましいと思う。

 俺も、そんなオタク活動をしてみたい。

 恋愛に関しても、恋をしたい、モテたい、と必死になれず、だいぶ枯れている自覚がある。

 女の子は可愛くて好きだし、女性に性的魅力だって普通に感じるけど、情熱は持てない。

 俺だって別に女性に幻想を抱いていたわけではない…だが、たまたま知ってしまった女性の抱える闇の深さには、腰が引けてしまった。

 だってすげー怖いんだもん…

 俺には難易度が高すぎる…

 

 すべてにおいて、俺は浅く広くを良しとしている。

 そんな自分だから、死んでないのに、異世界に連れてこられて帰れる方法がわからないと言われても酷く動揺はしなかったのだ。

 何せ未練がほどんどない。

 今までの人生は、平凡な見た目をフルに生かし目立たず、良くも悪くも真ん中にいる事を良しとしてきた。

 めざせ、キングオブ・モブだ。

 なのに異世界で主人公ポジションを与えられたが、それに関しては何故か嫌悪感を感じてない。

 責任を負う立場を厭うて出世したくないと思っていた俺なのにだ。

 魂の共有者であるドラゴンのルーとの繋がりは、俺が自覚している以上に自然で深いものなのだろう。

 亡き愛犬と過ごした楽しい日々のように、ルーと過ごすこれからが、楽しみでワクワクする。


  湯船にしっかり浸かり、体も心もほどよく解れたことで、恥ずかしい自分語りまでしてしまったと反省…ヤバイ凄く恥ずかしい。

 

 プカプカ浮いたまま、水深の深い奥まで行ってしまったルーを呼び戻し、風呂を出る。

 流石にバスタオルのフカフカは技術的に再現できていないようで、大きいハンカチを思わせる布だが、肌触りはいい。

 さっと自分の体を拭き、服を着るとルーに向き合う。

 「用意されている服は、ルーの分もあるな。ルー人化できるか?」

 布に包まれたドラゴン姿のルーに確認すると直ぐにキョトンと首をかしげた子供の姿になった。

 「あっ、すごい。髪も乾いてんじゃん。便利だな」

 「るーすごい?」

 「すごいよ〜ほら、こっちおいでお洋服着ような」

 すごいの言葉に反応し、嬉しそうに問いかけてくる様子に子供には、やはり褒める言葉を惜しんではいけないなと思う。

 「小さめの服をつめて子供服としたのか、やっぱりすこし大きいな」

 紐で結んだり、裾を折ったりして調整する。

 「よし、とりあえずこれでいいだろ。さっきの部屋に行けばいいのかな?」

 ルーを抱き上げ、先ほどまでいた部屋へ向かう。

 歩いていると程なく、食欲を唆るいい匂いが漂ってきて、釣られるように匂いの元へ向かうと、食堂らしき場所に着いた。

 先に食事を始めていたエンシェントと目が合い、顎をしゃくられる。

 どうやら座る場所を教えてくれたらしい。

 「美味しそうですね。廊下にいい匂いが漂っていて釣られちゃいました。」

 「そうだな。美味いぞ。今、其方の分も慎吾が用意している。しばし待て、風呂はどうだった?我は、温かい湯に浸かるとなんとも言えない心地良い気分になり、つい人化が解けるのだ」

 「やっぱりそうなんですね。ルーも湯船に浸かった途端にドラゴンに戻りました。」

 「ははっ、だろう。最初に造った風呂場は慎吾の要求で小さかったのだが、勧められて我も入ったら人化が解けて壊れってしまったのさ。2代目は広さを確保したから悠々入れる。」

 自慢げに胸をそらしているドラゴンに笑いが漏れる。

 「人化して人の暮らしを満喫してるんですね。食事とか風呂とか」

 「そうだな、我にとっては存在する上で特に必要不可欠ではないものにこそ人間の価値を見出すことになったな。」

 最古の竜は、そう言って笑った。

 「お待たせ。迎えに行く前に来るなんて、なかなか鋭い嗅覚だね」

 衛藤が、いい匂いのする料理を運んできた。

 分厚いステーキに、野菜たっぷりスープにパンだ。

 「旨そう!いただきます!」

 早速、肉にかぶりつく。

 肉のかみごたえと旨味溢れる肉汁が口に広がり幸せを感じる。

 香草を上手く使っていて、肉の臭みもなく思っていた以上に美味い、いったい何の肉かは知らないが、和牛並みの美味しさに感動だ。

 スープも野菜の旨味が染み込んでいてホッとする味だ。

 夢中になって食べていたので、ルーを忘れていたが、衛藤が食べさせてくれていた。

 「すみません。俺、自分の食事に夢中でルーのことほったらかしにしてました。」

 「気にしないで、僕がかまってあげられるのは、今だけだからむしろやらせてよ。それより味はどう?口に合う?」

 「はい、あの、凄く美味しいです。これ和牛並みですけど、何の肉なんですか?」

 恐る恐る肉の正体を尋ねると、衛藤は牛だよとあっさり言う。

 「…うし?…ってあの牛?」

 てっきりよくわからない猛獣の肉かと思っていたので、脳が処理するのに時間が掛かった。

 異世界に存在しているのか?すげぇな牛

 「そう牛、でも将さんが知っている牛の5倍はでかいし、結構攻撃的な動物。僕はモウギュウって呼んでる」

 「えっ?何それ怖い…」

 食べることもやめて、衛藤をみつめる。

 「この世界でも食用では小型の牛がメインに食べられるけど、肉の旨さで言ったら完全にこのモウギュウだね。それにある程度、間引きしないと増えすぎて、破壊被害がでるから僕は積極的に狩ってる」

 狩りも意外に早く慣れるから大丈夫といわれ、これから始まるだろう冒険を思い、微かな不安を抱え食事を終えたのだった。

 

 食後のお茶で一服したら、ルーがうつらうつらし始めたので、ゆっくり休めるようにと寝室へ案内された。

 ルーと共に吸い込まれる様にベッドに倒れ込み目を瞑るとあっという間に睡魔に誘われる。

 「おやすみルー、また明日」

 「しょう、おやすみ、あしたね」

 

 …いい夢みてね…

 

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