第13話出会いはいつだって突然
俺たちは今、死ぬ気で逃げている。
既に、アシヌスは自分の生存本能を全開でひたすら遠くに逃げるのみ、俺はただ振り落とされない様にしがみつくだけで精一杯だ。
ここが異世界で、自分は初心者の冒険者だと言う事を軽く考えすぎていたのだろう。
何せ俺の心は、始まったばかりの冒険に心躍らせ、何でもやれる気になっていたのだ。
だが、現実は厳しい…冒険は辞めて衛藤たちの元へ帰りたい。
何せ今、巨大な蛇に追いかけられている。
どっからどうみても、蛇の化け物で全長約50mくらいで、胴回りは2m近くあるだろう。
俺は、ニョロニョロとした生き物が大の苦手だ。
生理的に無理なのに、親玉の蛇に追われているこの状況は悪夢でしかない。
獲物と定められたのか、時々口を大きく開けて噛みつこうとしてくる。
必死に、アシヌスは逃げているが、超巨大蛇を撒く事ができずにいた。
手足が無いのに何故あのスピードが出せるのか?あんなの反則だろ?そして、いつまで追いかけれくるのだろう?きもいちわるい…
ああ、どうして俺はショールの警告をきちんと受け止めなかったのか?
と言うか、そんな機能があるならもっと早く言っておいて欲しかった…
ことの始まりは、遡ること10分前の事。
「ほら、ルー元気だせ。衛藤さんともエンシェントさんともまた会えるし、あんなに行きたがっていた冒険だぞ?」
衛藤と別れて寂しくなってしまったのか、首にしがみついているルーの背を優しく叩いて落ち着かせる。
「…るーさびしいの。しょうはずっといっしょ?」
「勿論だよ。ほら可愛い笑顔をみせて?」
目から涙が溢れそうになっていたが、なんとか 笑顔をみせてくれて安心する。
何せこれからは、衛藤のサポートがないのだ。
子供との接点が全くなかったアラサー男としては、どの様に接する事が正解なのか分からず、手探りだ。
ご機嫌でいてくれるとありがたい。
「アシヌスにも名前を付けてあげた方いいよな?ルーどんなお名前がいいと思う?」
「う〜ん…しょうがきめて?」
気分を変えるために、現在俺たちを乗せてなかなかのスピードで歩いているアシヌスの名付けについてルーに問いかけるが、ルーの興味はそのアシヌスの頭の上で器用に寛いでいる動く黒猫のぬいぐるみに向かっている。
「つれないね〜。そうだな…ロバ……」
頭の中でぐるぐる考えてていると、閃く。
「ロシナンテ!そうロシナンテにしよう。なんかの物語でそんな名前のロバがいた気がする。アレ?馬だったかな?まぁ、どっちでもいいよな。ルーこのアシヌスの名前はロシナンテだぞ」
「ろし…?」
「ちょっと言いづらいか?ロシナンテって」
「ろしなんて!よろしくね」
ひっつき虫状態から脱したルーが、ロシナンテの名を呼びながら首をポンポンと叩く。
ロシナンテも嬉しそうに嘶き、辺りに平和が溢れていたその時、いきなりショールが立ち上がりシャー!!と威嚇を始める。
「わっ!な、なんだ?いきなり」
慌てて宥めようとするが、歩を進めると威嚇する音はどんどん激しくなる。
「ショール!どうした?落ち着けって」
威嚇の激しさに、ロシナンテを立ち止まらせ、ショールを落ち着かせようとしたその時、いきなり前方の頭上から巨大な蛇が襲いかかってきた。
立ち止まらなかったらそのまま頭からガブリとされていただろう位置の地面に土砂が舞う。
突然の出来事に脳が思考停止した。
乗り手からの指示が無くても、ロシナンテは全力でその場から走り出す。
そして、命をかけた鬼ごっこが開始されたのだ。
このままでは埒があかないのはわかっている。
すぐ後ろで、木をなぎ倒す音だって聞こえて胸の動悸が激しくなった。
魔法で強化して戦えば、勝てるかもしれないが、生理的嫌悪から巨大蛇が視界に入るだけで、体が固まるし、恐怖で声も出ない。
ルーは追いかけっこと思っているのか、俺にしがみついてキャッキャと喜んでいる。
何故だ?楽しめるなら是非ともヤツを倒してくれ…
ロシナンテの全力疾走も後どのくらい持つのかと不安が膨らみ泣きそうになっていると、俺たちを追いかけていた蛇に向かって何処からきたのか、数頭の狼達が襲い掛かる。
突然の味方?の登場に一先ず安堵し、安全を期すために、距離をとり隠れて様子を伺うことにする。
直ぐにでも逃げられる様にロシナンテには少量のポーションを混ぜた水を飲ませて休ませて回復させ、はしゃぐルーを抱きかかえて警戒しつつ、自分も水で喉を潤す。
その間にも狼と巨大蛇との戦いは激しさを増して続いており、まるで怪獣映画のような迫力だ。
4頭の狼達は連携して猛攻撃中で、そのチームワークの良さに感嘆する。
数頭の家族の群れらしく、2頭の子狼が親の足元から果敢に唸り飛び出そうとしては押さえつけられていた。
真っ白な狼の毛が血で赤く染まっているが、目を爛々と輝かせ一切攻撃を緩めない。
巨大蛇も一頭の狼に胴を巻き付け締め上げ応戦しているが、狼は仲間を助けるより先に容赦なく攻撃し仕留めにかかる。
とうとう、一頭の狼に喉元を食い破られた巨大蛇がドザッと大きな音をたてて倒れ動きが止まった。
締め上げられていた狼も胴から抜け出したが、骨折でもしたのか、動きがぎこちない。
狼達は何故か、皆で倒した巨大蛇の腹辺りの匂いを嗅ぎクゥクゥ鳴いているのが気にかかる。
まるで、何の気配を探っているようにも見えるのだ。
どうやら腹を割きたいらしいが、何故か躊躇していて、一頭の狼がオンっと大きく鳴いた。
その時、様子を伺っている俺の存在に気がついたのか、狼達にジッと見つめられ緊張感が高まる。
その目からは確かな知性を感じ、どこか助けを乞われているのを感じるので何とかしてあげたいが、正直、血塗れの猛狼は怖い。
結果的に彼らに助けられたのだから、と勇気をだし少しずつ距離を縮めてみる。
狼達は静かに俺の存在を受け入れ、仕切りに鼻先を使って巨大蛇の腹へ促す。
覚悟を決め、ナイフ片手に示された箇所を慎重に切り裂き広げて中を確認してみると、どうやら胃の辺りらしく丸呑みされた獲物の姿が見えた。
それが、一頭の子狼と気づき慌てて取り出す。
どうやら丸呑みされてから、まだ然程時間が経っていなかったらしく、ぐったりして虫の息だが辛うじて生きていた。
ポーションを体全体にかけた後、口元に少しだけ垂らすと、途切れそうなほど、微かだった呼吸が少しハッキリしてきたので、ポーションの補給をゆっくり続けると、意識が戻りきゅうと鳴く。
子狼の声を聞いた狼達が子を舐めて無事を喜んでいる。
狼達は子供を助けるために戦っていたのかとわかり感動し、命を助けられた事に安堵した。
巨大蛇に締め上げらた他より幾分小さく若い狼にもポーションを飲ませると、感謝の印なのか顔を舐められ尻尾をブンブン振ってくれた。
その様子が、可愛く愛犬を思い出させたので、首元を軽く撫でていると、ほかの狼達も近寄ってきた。
ルーが子狼に近づくと、興奮した子狼にのし掛かられ転がされてしまったが、楽しそうに笑っている様子に安心する。
何せ、子狼と言ってもサイズは中型犬くらいはあるのだ。
勿論、大人の狼達はもっと大きく体高が1m位はあるし、体重も80kg以上はあるだろう。
「ありがとうな。君たちのおかげで助かったよ」
ボスに見える一際立派な体格の狼にお礼を言うと、頬にちょんと鼻先が押しつけられオンと鳴いてくれた。
どうやら、気にするなと言うことらしい。
狼達それぞれに御礼の言葉を告げていると、目の前にマッチョの精霊王が現れる。
「よう!元気になったかい?貧弱小僧」
「うわっ、突然現れるのやめてくださいよ!半裸のマッチョなんて心臓に悪いです」
「悪ィな!結構前から声をかけようとしてたんだが。おめぇさん真っ青になって蛇から逃げてる最中で余裕がなかったからな」
「あの程度で逃げるってダメね〜一瞬で退治しなさいよ」
「殆ど最初の方からじゃないですか、それはその、すみません。あ、あと、前回はお世話になったのに御礼も言わず失礼しました。」
精霊王と美女に向かって頭を下げると、気にすんなと笑われる。
「それにしても、お二人はいつも一緒なんですね?」
二人は顔を見合わせ当たり前と言う。
「だって、私たち二人で精霊王ですもの」
「…そうなんですね。あの、今回は一体どうされました?俺たちは、森の外へ行く途中なんですよ」
何故、二人で精霊王なのか、と突っ込んでもそう言うもんだで終わりそうな気がしたのでそうそうに話題を変える。
「森であなたの魔力が猛スピードで動いているから気になったのよね」
「そしたら、蛇に追われてて、喝を入れようかと思ったら白狼達が現れたんだよ」
「白狼って言うですね、この子達には精霊王の姿は見えてますか?」
「この森の動物達は魔力を持っている者もいるし、総じて知性が高いから完全には見えなくても感じていると思うわよ」
確かに、彼らの雰囲気からは警戒は感じ取れず、幾分のんびりしている様に見える。
「それより、蛇を解体しちまえよ。あのままじゃ殺し損だろ?肉の部分は白狼も食うだろうし分けてやりゃ喜ぶだろ」
解体…勿論した方がいいとは思っていたが、目をそらして、仕留めたのは狼だからそのままにしておこうとしたのに、精霊王は見逃さない。
「嫌そうにすんなって!皮膚に牙、余すとこなく使える素材だぜ?ほらキリキリ動きな!」
こうして、巨大蛇を解体する羽目になったが、外野がうるさい。
やれ、皮の剥ぎ方が汚いだの、骨から肉を丁寧に切り落とせだの、やいやい言われながらも今度は気絶しないで何とか終わらす事ができたのだった。
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