第12話旅立ちに決意を込めて
突然動き始めた猫のぬいぐるだが、本物の猫になったわけではないらしいのは、心音がないことや、手触りの感触でわかる。
衛藤の言葉を信じ、悪い物ではないことを信じるしかない。
ショールと名付けられた猫のぬいぐるみと共に元気に走り出したルーを追いかけ食堂へ向かう。
「将さんは料理できますか?できるなら自分で調理する事が意外にもストレス解消になるので、出来合いの料理より材料を持って行った方がいいと思うんですよね。」
「一人暮らしをしていたので、一通りの家事はできますよ。難しい料理は無理ですが、家庭料理ならなんとかなるかな」
「それなら大丈夫ですね。ただ、食材はやっぱり違うから見知らぬ物を食べる時は、まず手元にポーションを置いておくこと、万が一毒でもすぐ解毒できるからね。」
「…結構体を張るんですね?ポーションを信じていいんですね?!死なないですよね?」
「ここからもってく物なら大丈夫だよ。でもその後、手に入れる物には気をつけてね?効能に差があるから粗悪品に当たったらたいへんだよ。」
「自分で作ることってできますかね?」
「試してみたらいいと思うよ。できるできないは兎も角として、自分の知らない才能が開花するかもね」
何事も挑戦してみないとねと肩を叩かれた。
確かに、この世界で自分にできることは何かはまだよくわからない。
しかし、どうやら体だけは丈夫のようなだし、時間もたっぷりある。
ならば、楽しまないと勿体無いだろう。
ある程度の量の食材を頂き、準備も完了だ。
出発するその前に、転移門の登録をすると言うので、荷物を持って向かう。
衛藤の説明によると、転移門は魔力を登録して初めて使用可能になり、使用者が一度でも訪れた場所の転移門からなら行き来できるそうだ。
ここ以外の転移門は扉はなく、岩や木などにドラゴンの紋章が刻まれているので、そこに魔力を流し、行きたい場所を思い浮かべればいい。
それなら、想像しているより冒険の難易度は幾分低くなったと気が楽になる。
メイン登録にはエンシェントが必要だ。
その為、寝ていたところを無理矢理起こされたらしく、不機嫌なのを隠そうともしていない。
「…ほら、此処に魔力を流しせ、いいか?我がいいと言うまで止めるなよ?」
エンシェントに言われた通り、光輝く紋章に手を重ね魔力を流すイメージを強く浮かべる。
体内で巡回させるのは、簡単だったのに外に出すのは常に意識を向けないと上手くいかず、集中力が試される。
しばらく自分の魔力のコントロールと格闘していると、もういいぞと言われて、ほっと息を吐く。
「これで、転移門は使えるぞ。安心しろいつでも転移門から帰ってこられる。だから、心が死ぬような無理だけはするな。心臓が動いているだけでは生きているとは言わん。ルーにとってお前の代わりなんて何処にもないんだからな。気をつけて行ってこい」
そう言い、エンシェントはさっさと寝床に戻っていった。
まだ、力が回復しきっていないようで眠りが必要らしい。
「ありがとうございました。行ってきますね!」
その背中に声をかけ感謝を伝える。
完全に見えなくなるまで見送り、出発する。
まずは、島の外の森へだ。
転移門へ森を思い浮かべて、魔力を流す。
自分の手に魔法陣が浮かび上がり、門が開く、ルーを抱き上げ潜り抜けるとちゃんと森へ着いた。
「よかった!実際に使えると安心するな」
「問題ないね。後は他の場所も見つけて記憶して行ってね?結構わかりにくいから、注意深くね」
「はい。怪しそうな所は魔力を使って確かめてみます」
「そうしてね。じゃあ、移動手段はこの子だよ」
そう言うや衛藤は笛を咥え思いっきり吹く。
しかし、笛の音は聞こえない。
「なんですか?それ、犬笛みたいなもんでしょうか?」
「そうだよ。これはある特定の動物にだけ聞こえるよう改良したやつなんだ。普段は放し飼いで自由にしてるけど、必要時に見つからないと困るからね。」
そんなことを話していると、何か多数の動物が近づいてくる音が聞こえる。
その姿を捉えて、ちょっと困惑する。
「…ロバ?」
「そうロバだね。ここではアシヌスって呼ばれてる。地球のロバとほぼ同じだけど、頑丈で力持ちで足の速さは比べもんにならないよ!競走馬も形無しなんだよ」
「ロバがですか?馬はいないんですか?」
「この世界でも一般的に移動手段は馬だけど、乗りこなすの結構大変なんだよね。高さもあるし、まったくの初心者が世話をするって危険なんだよ。その点アシヌスは性格は大人しく、懐っこいし世話が馬より断然楽です」
笛によって集められたアシヌスは20頭程、多いのか少ないのかわかりにくいが、囲まれれば怖い。
こちらに興味深そうに匂いを嗅ぐもの、少し離れて様子を伺うもの、意外に個性があるらしい。
「好きな子を選んでよ。相性って大事だからね」
一頭一頭を見つめ観察していると、何故か最初から此方に好意を全開に懐いてくる子がいることに気がつく。
甘えるように体をすり寄せ、後をついてきて、首を撫でてやれば嬉しそうに嘶く。
ルーも小さな手を伸ばし鼻先を撫でてみる。
ペロッと舐められ驚いたようだが、満面の笑みでいい子、いい子と撫でている。
ショールもルーの腕から、アシヌスの頭にのりにゃーと鳴いて蹲る。
その様子をみてこの子に決める。
「衛藤さん、この子にします」
「うん、そうだね。あとは乗馬の準備してをして実際に乗ってみよう」
鞍をつけてアシヌスに跨ってみると足が着かないギリの自転車に乗っているくらいの高さで丁度いい。
アシヌスも指示に従ってくれるので、思っていたよりスムーズに乗りこなせた。
「いい感じだね。この子なら問題なさそうだ」
太鼓判も押されて浮かれて、さぁ出発だという時、衛藤が真剣な表情で話し出す。
「将さん、これから見る世界はきっと想像よりツライことがたくさんあると思う。助けを求める全ての人を救うなんて無理ということを忘れないで、じゃないとあなたの心が死んじゃうよ」
「…俺は善人ではありませんよ?」
「でも、すごくやさしい人です。抱え込まないでくださね。」
優しくそう言われ、こんなに心配してくれることが嬉しくて顔が赤くなる。
「わかりました。エンシェントさんも言ってましたもんね。自分を大事に、そしていざという時はルーの事一番に考えて行動します。この世界に来てお世話になったのが、衛藤さんで良かったです。本当にありがとうございました。」
「気にしないで!勝手を言ってお願いしたのはこっちだから!いつでも助けを求めていいんだからね?気をつけていってらっしゃい!」
「行ってきます!」
「いってきます!」「にゃー」
ルーと共にあいさつをして手を振り、ゆっくりとアシヌスを歩き出させる。
ルーは俺にしがみ付きながらいつまでも手を振り続ける。
俺も、振り向き最後に会釈をして前を向く。
これは、別れじゃない。
衛藤にもエンシェントにもまた会える。
平凡を愛し、平凡に愛された男の初めて訪れた平凡じゃない冒険に恐怖と興奮を覚える。
この先、世界を自分の目でみて、感じて、成長し他の共有者の様に逞しくなった姿を見てもらいたい。
それにはまず、この深い森を抜け、この箱庭に一体何が起こっているのか調査を開始しなくては!責任重大だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます