第27話悪徳貴族

「市民はやっぱり簡単には領主様には拝見することができないんでしょうか?」

 マーサが言うように領主へ会うのに、仲介料を払って貴族へ仲立ちを頼むと言うのが少し引っかかる。

「当たり前だろ?って言うか貴族は貴族区から滅多に出てこないし、一般市民は立ち入りが制限されてるからお屋敷で働いているか出入りの業者以外は入れないんだよ」

 説明を聞いて貴族区なんてあんのかよと街の様子を頭に浮かべて見る。確か中央に高い壁で中の様子は窺えないようになっていた所があったがそこが貴族区なのだろう。

 街という場所は階級別で区切られていて、市民でも交流があまりないのが当たり前らしいと認識を改める。 

「領主へ声が届けば、市民からの陳情にもきちんと答えてくれるんですか?それなら領主は市民に慕われますよね」

「うーんどうなんだろうな?こんな事件が起きたからか、憲兵の見回りが貴族区の近くで増えたし、それなりに動いてくれるんだろって希望的観測も入ってるのかも…」

 ジョンが腕を組んで答えに、マーサがにっこり笑って付け加えてきた

「この街の領主様は竜の英雄の従者の末裔なのよ。その証に英雄様より授けられた水の精霊様が領主城にいらしてこの街に恵みを与えてくださってるの。市民にとってもそれが自慢だし、それだけで領主様を慕う理由になるわ」

 竜の英雄の従者の末裔??と新たに加わった情報に目が点になる。どの共有者だか知らないが、近いんだか遠いんだかわからん接点にどう反応すればいいのか悩む。

 そりゃ俺がニコ達を拾ったように、彼らだって旅をしている途中に誰かしら共にした人がいてもおかしくない。

 精霊と授けるくらいなら余程気に入った人物だったのだろうし、信用できる人だったのだろうが、その子孫が必ずしも優秀で思いやりが溢れれる人物とは限らない。寧ろ贅沢になれてドンドン危険な支配者になるのが定石なのではと不安がよぎる。

「精霊ってそれ本当なんですか?森のだいぶ外れの方だし自然の気も弱いから精霊が力を維持するは難しいと思うんですけど…」

 俺の疑問に対してマーサはちょっと眉を寄せて考えてから一言「知らないわ」とアッサリ答える。

「…本当に今も精霊様が領主城に存在してるかは俺ら下々の人間にはわからねぇよ。でもそういう理由から領主を慕う市民は多いのはたしかだな」

 竜の英雄の従者の末裔ってだけで市民から支持されるならなんてお手軽なんだろうと思うが、それだけ竜の英雄の存在がこの世界で深く浸透している証拠でもある。

 彼らは、誇り高き血筋が不正なことをするはずがないって無意識に思い込んでいる。

 まぁ、実際の領主がどんな人物なのかはわからないからここで考えても仕方がないだろう。

 本当に人格者の為政者なのかもしれないんだから警戒してても話が進まない。

「仲介してくれる貴族って本当にいるんですか?マーサさんじゃないですが、仲介料だけぼったくって逃げたりしませんよね?」

「…そんな人じゃないけど、そう言われると心配になってきたな。確かに貴族を紹介なんてできるのか?」

 ジョンが悩みだすと、マーサがホラ見たことかと調子に乗ってジョンを否定し始める。

「おかしいと思ったのよね〜この辺の人間はお貴族様とは縁もゆかりも無い人達ばかりだもん。貴族区に足を運べる人は限られてるのよ?もう少し冷静に考えれば簡単に分かる詐欺でしょ?これは!」

 凹凸があまりない胸を張りここぞとばかりにジョンをこき下ろして鼻で笑っている。

「うるせー!でもターニャは最近ある仕事で貴族と伝手ができたって言ってたんだ。実際、生活にも少し余裕ができ始めたみたいだから本当なんだろうなって思ったんだよ」

 …ソイツが犯人なのでは?と怪しむが名前を聞いてマーサが黙って考え始めたので、沈黙を守る。

「ターニャなの?その仲介の話を持ってきたの…なら信じてもいいのかもね。私も最近ターニャから仕事が順調って聞いたし」

 二人の様子からそのターニャなる人物をとても信用しているのがわかる。

「どんな関係なんですか?お二人とそのターニャさんは?」

「ターニャは元孤児院の職員で商家に嫁入りしたんだよ。俺たちも散々世話になった人なんだ」

「商家なら確かに貴族に伝手ができてもおかしくは無いですね」

「…商家と言っても貴族を相手にできるほどじゃないんだ。そこが少し心配なんだけどな」

 苦笑いしながらも、マーサも肯定したのでホッとしたのか、仲介を頼むと方向で話を進るぞとマーサに確認している。

 領主に会えても事件解決に話が繋がるのかはわからないが、何もしないよりはマシなのだろう。彼らは本当に子供達を気遣っていて心配している。

「この辺が物騒になったのも本当にここ数ヶ月なんだよね。早く子供達が安心して海や市場に行けるようになるといいんだけどな」

「行方不明以外に変わったことはありましたか?」

 何か切っ掛けはなかったのかと探りを入れてみるが、二人は揃って首を横に振る。

「変わったこと何てなかったよな?」

「事件以外で気を引くものなんかないわよ」

 そんなことを聞いて何の意味もがあるのか?と心底不思議そうに聞かれるので、社会人になって身につけた追求させない曖昧な微笑みで別にと言葉を濁す。

 

「孤児院としては、子供を連れた旅なんて危険だからやめて欲しいし、できれは預かりたいのよ?ここには有難いことに、そこそこ寄付も集まるから子供達に生活面で不自由もさせないし、読み書きや算数など教えてくれる教師もいるから孤児院をでて職に就くのも可能なんだから。ここ以上の孤児院は近場ではないはずよ」

 俺が、子供達を連れて旅を続ける意思をハッキリと告げるとマーサは引き止めるように孤児院の説明をしてきたが、その魅力も事件が解決しない限りは半減する。

「わかりますよ。俺だって子供達には大人の庇護下で安全に暮らして欲しいです。定住する方がいいのも理解してますが、俺たちの事情からそうもいかないんですよ」

「今すぐ街を出る訳じゃないなら様子をみてくれないかしら。領主様が動いたら事件はアッサリと解決するかもしれないわ」

 彼女の言い分には笑ってしまうが、解決するに越したことはないので頷いておく。

「お前は余所者なんだから言動に注意しておけよ?悪徳貴族に目をつけられて、子供達を奪われるような真似はしないようにな」

 ジョンは真剣な目で忠告してくるが、俺としては貴族区に近づかなければ問題無いと思っている。

 それよりもこんなことを市民が口に出してる方が危険に思える。

「あの、一体どこから悪徳貴族がこの事件に関わっている聞いたんですか?下手にこんな噂が当の貴族に知られたら大変なことになりませんか?」

 ジョンは一瞬不味いものを飲み込んだように顔を歪ませたし、マーサも顔を痙攣らせてキョロキョロ辺りを見渡す。

「…そうだな、気をつける。俺個人にたいしての罰なら仕方がないが、孤児院への攻撃に使われたらたまったもんじゃないからな」

 うんうんと頷くマーサも想像したのか、顔が青くなる。

 強気な言動のマーサも特権階級の横暴には黙るでしか対処はできないみたいだ。

「悪徳なんて市民が口にするのは何が理由なんですか?」

「…この辺の住民は住む場所も家族も何もかも無くしたような人ばかりなんだ。そんな奴らに返せない額の借金を無理やりさせて奴隷落ちさせてるって言われてる。所有している船に労働力として放り込んでるって話だ。もちろん賃金なんてなしでだぜ?実際何人もがここから消えてるんだよ」

「…それは確かにあくどいですね…わかりました。因みになんて名前の貴族ですか?」

 俺の質問に、ジョンはゴクリと唾を飲み声を一層低めてボソリと呟く

「アルベルト男爵」

 アルベルト男爵ね…メモメモっと


 多少顔色が悪くなってしまったが、二人には色々教えてくれたことを感謝して孤児院を後にする。

 話が長くなってしまったので、ルーはすっかり眠ってしまったが、双子は俺の左右で元気に歩いてくれているので助かる。

 

 のんびりとした空気が流れていて夕方の散歩を楽しんでいたのだが、宿に向かう途中にある人気のない通りに差し掛かった時、建物と陰からいきなり顔を隠した男が現れ俺たちの行手を阻んだー


 

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