第36話 救い出せ

 アルベル男爵にかけられた濡れ衣を晴らし、囚われているトカゲ族の魂の解放を同時に成し遂げる都合の良い方法は手っ取り早く街を覆っている頑強な壁を破壊することだろう。

 囚われていて身動きできないアルベルト男爵には不可能だし、壁から死体が出てきたら壁を造らせてきた領主へ不審の目を向けることもできる。まさに一石二鳥だと自画自賛してしまう。

 すでに、ヤバイ思考になっていることを気づかずに、しかもこの案を実行できるだけの力を持っていたことで全力で爆走しだした。

 善は急げとルーにドラゴンになってもらい手当たり次第に壁を攻撃して破壊しようと提案するとルーはワクワクした顔を見せ、サッとドラゴンになって飛び立った。


 ルーにだけ任せるのではなく、自分もサクサク壁を壊していく。辺りが騒然としているが構わず破壊していくと、どんどん視界が広く空気も循環しているように感じる。

 遠くでは、晴天なのに雷鳴が聞こえ雷がいくつも落ちている。ルーが気合をいれて破壊しているのだろう。


 この街の人々が決して壊れないと信じ、自分達は敵から守られ、安全に暮らしていけると思い込んでいたものが、ただの幻想だったことを報せめる。

 兵士が駆けつけてきた時にはもう壁は一切残っておらず、瓦礫の山に愕然とするしかなかった。何気なさを装って瓦礫に近づき、ヒョイっと退けていくと数えきれない白骨遺体がが発掘された。大袈裟に驚いて大きな声でその存在を知らせると、愕然として立ちすくんでいた兵士たちは、驚愕の表情を浮かべて瓦礫を退かしていく。その度に人骨が見つかり辺りは壁がなくなった以上に騒然となった。


「どうして壁からこんな大量の白骨遺体がでてきたんでしょうね?尋常じゃない量ですけど、これだけの犠牲者がでてるなんて普通じゃないですよね?」

 思っていた以上の犠牲者の数に、演技ではなく本気で苦悩し呟くと、側で瓦礫の除去作業をしていた兵士たちも口々に疑問や不審点を話し出す。

「領主様がこの壁の補強を指示していたんですよね?手前にある遺体はまだ新そうですが、奥に行く程古くなります。コレってかなり意図的ですけど、この街って死後遺体を壁に埋め込むのが埋葬方法なんですか?」

 不信感を露わに口にすると、兵士たちは顔を見合わせてて否定する。

「そんな風習はないぞ…なんだってこんな数の遺体がでてくるんだ…」

「壁の裁量は領主様の権限だ。俺たちは知らないうちにこんな大量の死体に囲まれて暮らしていたなんて、吐き気がするな」

「竜の英雄の名を語り継いている領主様がなぜこんな非道な行いをされているんだ?誰かに陥れられたのではないか?」

 領主も被害者なのではとの意見がでてきたので、さりげなく否定的な発言をする。

「…でも、裁量権を持っていらっしゃる領主様に黙って長年こんな非道を行える人なんているでしょうか?アルベルト男爵が領主様の屋敷の大破の罪で捕らえられましたが、この壁をここまで大破するなんて人間には無理ですよ。屋敷の件も誤認なのでは?大体、非道な噂の多かった男爵でさえ壁の事には口は出せなかったらしいので、それこそ大いなる力を持った方の領主へ怒りかもしれませんよ?」

 神の仕業では?と水を向けると、ざわざわしていた兵士たちが口を閉ざし、シーンとする。

 兵士達は顔を強張らせて恐る恐る、辺りを見渡し、また大きな魔力が牙を抜くのでは警戒する。

「そういえば…そう遠くない村に竜の英雄が現れて、村を襲っていた魔虫を退治して浄化したらしいですよ?もしかしたらこの街にも寄ったのかも…そして、領主の悪事に気がついたから罰を与えたのかもしれません。自分の名を悪用されたとお怒りなんですよ。だって皆さんも領主様が竜の英雄の従者だったという話の真実は知らないんですよね?それが嘘で、精霊の力を悪用するためにこれだけの生贄を必要としていたとしたら…壁どころか本当は街ごとぶっ壊されても文句は言えないですよ」

 兵士たちの頭に言葉の意味が染み渡ったのか、彼らはいっせいに後退り逃げ出していく。

 驚いて逃げた兵士を呼び戻す同僚兵士達にも同じように話してやり、竜の英雄は領主にお怒りですよ〜と信じ込ませる。

 頑強な壁が一瞬で大破させるなんて、人間にはできないので、笑っちゃうくらい簡単に信じる。実際に俺は怒っているので嘘ではない。

 後は、この話が街中に広がり、竜の英雄が領主に怒ってした仕打ちだと信じてくれれえばアルベルト男爵も保釈されだろう。

 

 小さなドラゴンの姿で誇らしげに胸を張ってパタパタ飛んでいるルーとチラッと目を合わせれて拳を出すと、小さな手でコツンとぶつけてくれた。

「お見事だったよルー分厚く高い壁がなくなってスッキリしたよな」

「うん。おひさまがきもちいいーみんなもよろこんでるよ」

 魔力を通して見てみると数えきれない小さな光がポァポァと浮かんで空へ消えていく。中には俺たちに挨拶するように触れてから天へ向かう光もある。まるで雪が空へ帰っていくような幻想的な光景をルーと二人でいつまでも見送った。


♢♢♢


 アルベル男爵が、保釈されたのは壁を破壊した3日後だった。噂が街中を駆け回り、領主を非難する市民や兵士に溢れていて領主一家は街からこっそり姿を消した。

 アルベルト男爵の悪評もすぐの解放を邪魔したが、実はどんなに拷問しようとしても体に触れることすらできず、気味が悪いと恐れ、尻込みしていたところに壁の大破と領主の悪事が露見して、しばらくほったらかしになっていたのだ。

 アルベルト男爵と密かに繋がっていた貴族によって救い出された男爵は、直ぐに街の復旧の指揮をとり始めた。

 信じていた領主に裏切られていて、竜の英雄の怒りを買ってしまった事を嘆く市民を元気に叱咤激励している。

 はじめは怖がっていた市民も率先して遺骨を丁寧に集め、真摯に祈りを捧げる姿をみて、ゆっくりとだが男爵の後に続いて行動し始めた。

 市民全員で瓦礫と遺骨の回収をしていると、不思議なことに時々フワッと温かい気配に包まれ、そのやさしさに胸を締め付けられるという市民の声が聞こえてくるようになった。

 その体験をした人たちは、皆身内や知り合いが突然行方不明になった人ばかりだったので、救えなかった命を嘆き悲しみ、それでも理不尽な死を迎えた彼らが、最後の挨拶をしてくれた愛とやさしさに涙した。

 

 

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