第20話不穏な気配
森を抜けてみると、目に入るのは緩やかな丘で、どうやらその先に村があるらしい。
見た限りでは、魔虫の存在が確認できないが、村が近くなってくると何やら不快な気配が漂ってきて、ロシナンテの頭上で寛いていたショールも顔を上げ尻尾をピンと立て辺りを警戒する様にウロウロしだす、だんだん目が青色から赤色に変わっていき、ある一点をジッと見つめたので、その視線の先を辿って見てみると一見ただの普通の家が立っているだけだが、魔力を通して見て見ると、異様に濃い黒い陰がまとわりついているのがわかる。
注意深く点々としている他の家も眺めてると、どの家も濃度は違うが陰があり、村全体が暗く陰ってしまっていた。
魔虫に襲われて壊滅したはずなのに、かなりの数の村人の姿も見え、普通に生活しているようなのだが、どの顔にも生気が感じられず、虚な表情でのっそりと動く様子は不気味の一言に尽きる。
「どうなってるんだ?この人達は生きてるのか?まるで動く死体みたいなんだけど…」
まるで自分の意思が感じられない村人はゾンビのようで、よくあるパターンだとこちらの存在に気づかれたら襲いかかってくるやつだろう。
こっそりと状況を確認して最前の行動をとるべきだなと思っていると、ショールがシャーっと大きく鳴き、ルーが突如ドラゴンの姿に戻って頭上を猛スピードで飛んでいった。
突然のルーの行動は止める間も無く、村に突入したルーは、一切の手加減なく攻撃を開始する。
濃い陰をまとっていた家と生気のない村人をルーがドラゴンブレスで一気に燃やし始めると、燃やされた家や人の中から魔虫と思われる黒虫が大量に姿を現し、炎で消されていく、どうやら姿を家に擬態したり、死体に取り憑いて操っていたようだ。
そんなことを魔虫ができるなんて知らなかったし、いきなり始まったちびドラゴンによる虐殺行為で、全く以って理解不能な状況になってしまい、ただボー然と立ち尽くしてしまった。
全てを燃やし尽くして元気に戻ってきたルーが人型をとり「るーできたよ!」と胸を張るのを見て正気に戻ったけど、未だに混乱している。
「え?あ、あのルー君…できたって…え?
燃やしちゃったけど…う〜ん、でも燃やされたのは魔虫なのか?やっぱり、もう村人は死んでて魔虫に死体を操られていたのかな?」
とりあえず、褒められるの確信しているようにワクワクしながら待っているルーをまたいきなり飛んで行かせないように抱き上げ、困惑しながらも頭を撫でてみる。
「ルーは魔虫を退治してきたのかな?」
今更聞くのもなんだが、一応確認の為に聞いてみると、キョトン首を傾げ、「うん」と頷かれる。まるで、何で当たり前のことを聞くんだ?という雰囲気だ。
「ルー君…魔虫を退治したのはとてもいいことですが、お願いだから今度からは俺にも一言いってください…」
こんな事を毎回されたら心臓がもたないので軽くお願いしてみるが、ルーは怒られたと思ったのか、唇をむぅーっと尖らせ
「るーできるのよ?」と腕の中で身をくねらながら抗議してきたので、思わず笑ってしまった。
「うん、知ってる。でもね、ルーが一人で行っちゃうと俺がすごく心配なんだ。だから、悪者をやっつけてくるって言ってくれると嬉しいんだけど、ダメかな?」
しっかりと抱きしめ直し顔を覗き込むと、眉を寄せて考え込んでいたが
「しょうのおねがいきいてあげる」
と如何にも仕方ないな、という様に言われて吹き出してしまった。
「うん。お願いを聞いてくれてありがとうね」
さて、擬態していた魔虫はルーによって駆除できたが、大本の魔素の浄化はできていない。
それに、既に成った魔虫が死体を操り建物に擬態するなんて知ってたら精霊王も衛藤も教えてくれたはずだ。
これが魔獣側の突然変異なのか、それとも誰かが意図的に起こした結果なのかは不明だけど
原因がわからないのは後手に回ることになるのが厄介だ。せめてこの件は人間が意図的に介入したことではないと分かるといいんだけど、壊滅した村でそれを証明できるかというと難しいだろう。
どうしようかと考え込んでいると腕の中のルーがおでこをバチンと叩いてきたので、目の前に星が飛ぶ。
「いったぃ!なんだ?」
痛みに顔を顰めてルーを見ると何処かを指してて「アレこわす」と言い出した。
今にも飛び出そうとジタバタするルーを後で一緒に行くから待ってと宥め、逃さないようにしっかり抱きしめる。
未だに訳がわからずボー然としている兄弟にとっては、突然目の前からルーが消えたと思ったら、村が炎につつまれ魔虫ごと全てを焼き尽くした思ったらまたルーが、突如姿を現したのだから混乱するのは当然だろう。
落ち着かせるように背や頭を撫で大丈夫だからと言い聞かせても納得はできないだろう。
これ以上は兄弟の精神衛生上危険と判断しここにロボ達と残していくことにする。
魔虫はルーによって殲滅させられたが、取りこぼしがないとも限らない、その為魔獣除けの魔導具を設置し簡易結界を張ることにした。
「いいか?この結界の中なら魔獣も魔虫も手出しはできないから安全だよ。だから俺たちが戻るまで絶対に外にでちゃダメだからね?」
幼心なりにこの先が危険なのだと判断したのか、二人は文句も言わず留守番を受け入れてくれた。しっかりとロボの首に抱きついているその姿からは恐怖が滲み出ていてかわいそうになる。
「ロボが守ってくれるからね?心配しないで俺たちの帰りを待っててね」
もう一度頭を撫でると、縋るような目で
「いい子でまってるから、すぐかえってきてね」
「だいじょうだよ、留守番できるよ」
と健気だ。
「もちろん早く終わらせて戻ってくるかね。ロボ二人をよろしく頼むよ」
任せろというようにオンと鳴き返事をくれたので、本当にさっさと終わらせるために異変が起こっている箇所へ走りだした。
ルーが壊すと指した場所は、魔虫の影響で澱んだ気配が村全体を包んでいた時は気づかなかったが、ドラゴンの炎で燃やされた事で浄化された今、異様に目立つ存在になっている。
村の中心から少し東にズレたところに大きめの大木が立っていてその周りを半透明の子供達が輪になって囲っているのだ。
木の大きさから村のシンボルになっていたのか木陰にベンチが幾つか置いてあり村人がそこで寛いていた様子が目に浮かんだ。
本来なら大木からは精霊による爽やかで清浄な空気と安らぎがあたえられていたのだろうが、今はその面影は無く寧ろ不快で澱んだ気配が漏れでいている。
大木を囲んでいる、明かに肉体を伴っていない子供達の表情は皆、苦しげて辛そうなのに誰一人手を離さず動かないのはそこに無理矢理留められているからなのだろう。
これは一種の結界だ。
もちろん彼ら自身でこんな事ができたとは思えない。知識も教育も村ではそこまで高水準なものは受けられたはずがないのだ。
もし考えついたとしてもただの村人にできる訳がなく、明かに魔法について詳しく研究した者がやったに違いない。
「大木に宿った精霊を封じたのか?この子達の気配はかなり澱んでいるから、拷問でもされて殺されたのかな…」
精霊自体を澱ませてそこから魔虫を生み出したのかもしれない。
縛られている子供達の魂も救うためには結界を破壊し精霊の澱みを浄化が必要だからルーはこれを壊すと言っているのだ。
「ルーこの子たちの張っている結界を壊して精霊を浄化できるか?」
「るーできるよ、まかせて!」
「頼むなあのかわいそうな子供たちを救ってあげてくれ」
「うん!」
元気よく返事をしてドラゴンに戻り今度は青い炎を吐き出す。
何処か優しい気配を漂わせた温かい青い炎に包まれた子供達は、皆解放された喜びの笑顔で炎を吐き出すドラゴンにそっと触れ『ありがとう』と言い残し消えていった。
結界が消え、大木も浄化の炎に包まれたが、燃やしたのは澱みだけで最後に人化したルーが風魔法で炎ごと吹き飛ばすと、元の澄んだ清浄な気配が大木から放たれ村を流れていった。
「はぁ〜すごいな!あの呼吸するのも嫌なほど村を覆っていた澱みが全部きれいになくなった!ルーすごいぞ!本当によくやった」
ルーを抱き上げくるくる回るときゃ〜と嬉しそうにはしゃいでルーも喜んだ。
「よし、ニコ達が待ってるぞ。戻って安心させてやろう」
やる事はやったので、戻ろう踵を返した時、呼び止める声に足を止めた。
『待ってください。ドラゴンよ』
「大木の精霊か…貴女を縛りつけ、澱ませていたものは全て排除しましたよ」
『ああ、本当にありがとうございます。まさか見守っていた村の子らがあの様な非道な道具にされるなんて…あまりの怒りに私の存在自体が黒く染まってしまい村を破滅させてしまった…悲しみと苦しさで自我が崩壊していたのに、ドラゴンの浄化の炎が全てを優しく燃やしてしまいました。私はまたここで、皆を見守っていきます。』
「よかったねぇ、きれいなのよ…」
精霊からのお礼の言葉に対して笑顔で手を振るが、小さなドラゴンにとって浄化は思った以上にハードだったのか、今にも寝そうだ。
「ここの村の子供たちが数人戻ってきます。魔虫に襲われてから森で避難生活をしていたので、それ以降の村の状況を知りません。どうか彼らが無事に生きていける様に少しだけ手を貸してくださるととても心強いです」
『それは!ええ、もちろんです。全員を失ったのではなかったのですね…微力ですが、魔獣からこの村を守れる様に力を注ぎましょう』
「そうしてくださると彼らも安心して復興に力を注げます。ルーによって浄化されたし、どうやらここには、元々魔素溜りはなさそうです。人工的に澱みを作り出し、魔虫を発生させたみたいですが、どんな人物か覚えていますか?」
『…数人の旅人が村で数日過ごしたことは覚えているのですが…その者達が村を去った後、幾人かの子供が行方不明になり気がついたら不浄な結界が張られていたのです。村人以外に近々に村にいたのはその旅人たちだけ…でも関係しているかどうかは、はっきりとは断言できません。申し訳ございません』
「いえいえ!充分ですよ。そういう奴らがいるかもとこれからは気をつけて旅をしていくことにします。ありがとうございます」
大木の精霊からの情報にお礼を言ってその場を去ることにした。
どうやら、魔獣や魔虫の発生に人間が関与しているみたいだ。
人工的に魔獣を発生させるためには力がある精霊が必要のようだから、どんな村でのいいわけではないだろう。
そして、子供が犠牲にされている
そいつらを何とかするのは、俺たちの役目だ。
「子供の誘拐が起きてるのか…ニコたちも気をつけないと危ないな…」
少しだけ見えてきた不穏な気配に気を引き締める。
まぁ…奴らもせっかく用意した魔虫の村をこうもアッサリと無効化されるとは思ってなかっただろう。奴らの思惑を一つづつ壊していけば焦って尻尾をだしてきそうだよな…
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