第16話 百軒店のラブホ街

 細い路地に飲食店のみならずラブホや風俗店が軒を連ねる百軒店。上空から見ると、辺り一面に蜘蛛の巣が張りめぐらされていた。

「うわ、なんだか気味悪いですね」

 いつの間にか合流していた琴葉が見下ろしながら呟いた。

「渋谷に女郎蜘蛛が出るなんて、一体どうしたことなんでしょ?」

 環が首を傾げながら言った。

「東から古株が流れて来たのかもしれないわね」

 場違いの魔獣に魔女の影ありとはよく言ったもので、古い時代の遊郭やお茶屋で恨みを抱えて亡くなった亡霊が、再開発で清浄になった元の場所を追い立てられて禍々しい空気を発する地域に移ってくる事があるのだ。

 女郎蜘蛛なんていう和風の魔獣は、花魁おいらんか芸者の類から転じた魔女が操っていることが多い。


「先輩、どういう作戦で行きます?」

「端から蜘蛛の巣切って、倒していくしかないだろ。但し、場違いな魔女だからオーラが紛れずに発見できるかもしれない。ご本尊を叩ければ一網打尽だよ」

「あ! 私、オーラ探知出来るのでやってみましょうか?」

 琴葉が言ってきた。

「良いけど大丈夫か? この辺りの禍々しいオーラに当てられたりしないか?」

「まだまだ穢れなのない琴葉ちゃんが、男女の乱れた感情に毒されないか、私も心配です」

「大丈夫ですよ環先輩。私、レディコミとか女性誌のセックス特集とか愛読してますから」

「ガーン!!」

 環がショックで顔面蒼白になる。墜落しそうになった彼女を私は必死で支える。

「大丈夫か環? 気をしっかり持て!」

「琴葉たんはそんなこと言わない……」

「はい?」

「魔法少女は、エッチな事言っちゃダメなんです!」

「え? そうなんですか!」

「そんなわけないだろ」私は頭を抱えた。「だけど、環が再起不能になるといけないから、彼女の前では発言に気を付けなさい」

「わかりました……」

 琴葉は怪訝な顔をしつつも、承諾した。


「穏やかな桃色の光よ。精神を澄み渡らせ、心の波動を感受する助けとなれ! ピンキーオーラレーダー!」

 琴葉の付きだされた両手から桃色の光が広がった。上空からかざした手を動かして探索を続ける。

「あのあたりに違和感を感じました!」

 琴葉の指さす先は、ちょうどランブリングストリートの東側、ラブホテルが密集している辺りだった。

「げげ! ラブホ街かよ」

「中に居るのなら厄介ですね」

「何でですか? 私、ラブホテル一度入って見たかったんだぁ。ラブホってエアシューターで料金払ったり、ベッドがグルグル回るんですよね?」

「それは昭和のラブホだろ! 今はブティックホテルとか言って、もっとオシャレになってるよ」

 なんで厄介かといえば、お客の居る部屋に立ち入ることになったり、まかり間違って暴れでもしたら、逃げ惑うカップルがウザったいからだ。以前も逃げてきた中年男性の汚らしい裸体を目の当たりにしたこともあった。


 女の顔が付いた体長3メートルほどの女郎蜘蛛を倒しながら、ラブホ街へと突き進む。路上に人は居なかったが、店の中などには逃げ遅れた客や店員たちが縮こまっていた。琴葉が建物を特定し、中へと突入する。

 目的のラブホテルは、ロビーに部屋のパネルなど無いフロントで前払いする方式の古臭くてかび臭いラブホだった。

「おばちゃん、全室開錠。あと放送入れて!」

 私はフロントに首を突っ込み受付のおばちゃんに命令した。

「うちはオートロックじゃないよ。で、なんて言えばいいのさ?」

「あーめんどくさいな、環!」

「はい! マイク貸してください。魔法庁魔法生物対策課渋谷分署です。これより立ち入り調査を行うので部屋の中で待機していてください」

 ――ドドドドドドド!!!

 放送を入れたとたん、駆けずり回る足音が上の階から響いてきた。

「さぁ、行くぞ!」

 琴葉を先頭に立てて、階段を昇っていく。

「あれ?」

「どうした琴葉?」

「ちょっと知ってる人のオーラを感じた気が……。でも気のせいだと思います」

 琴葉はちょっと首を傾げて考え込んだが、すぐに気を引き締めて足を進める。

『うわああ!!』

「キャー!」

 着の身着のままで飛び出してきた禿げたオッサンと階段で鉢合わせになり、琴葉が叫び声をあげた。

「ち、違うんだ! これは、あの」

「オッサン、さっさと失せろ!」

「は、はいー! うわ、うわああ!!」

 慌てたオッサンは、ずり落ちたズボンに脚を取られて階段を転がり落ちて行った。

「まったく、エレベーター動いてんだから使えよってんだよな? 環。って、何してんの?」

 オッサンに驚いた琴葉に抱き着かれた形になった環は、至福の表情でしかと彼女を抱き返していた。お前、遠くから見てるだけとか言ってなかったか?

「あ、あの環先輩。もう、大丈夫ですので」

「お、おう。そうかい」

 環は平静を装いながらも、最後の方は声を裏返らせていた。琴葉は自分が対象だとは気づいてないようだが、判明したら一体どうなるんだ?


 最上階の5階にたどり着いて、奥へと廊下を進んでいく。

「この部屋です。間違いありません」

「ガギ空いてます先輩」

「私が先頭で行く」

 扉をゆっくり押し開けると、淫靡なピンクのライトの下、20畳は有りそうな大きな部屋が広がり、ソファーセットの奥に丸いベッドが置いてあった。ベッドの上にはシーツを被った膨らみが見える。

「あれって回転ベッドですか?」

「回ってないから定かではないかな」

「そんなことより両サイド警戒しなさい!」

 すり足で、ゆっくりとベッドに近づいて行く。未だ魔女の姿は見えない。ようやくベッドにたどり着いて、勢いよくシーツをはぎ取った。

「セーラー服?」

「た、助けて……」

「どうした?」

「風呂場にお客さんが」

 私の問いに、ベッドに隠れていたセーラー服はもうきついんじゃない? という感じのお姉さんはすりガラスの扉を指さした。

 ――ガタガタガタガタ……。

 その場の全員の視線が、すりガラスへと注がれた途端。すりガラスの引き戸がガタガタと音を立てて揺れ出した。

 ――バリバリバリ、ドーン、ガー!

 ガラスの奥が青白く光ったかと思うと、ヒビが全体に走り粉々に飛び散った。

「キャー!」

 セーラー服のお姉さんは叫び声を上げてシーツに潜り込んだ。風呂場から出てきたのは、恐怖に顔を歪めた男の生首を抱えた黒地に桜吹雪の着物を着崩した花魁おいらんだった。

「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい。そう宣ったのに、なんぞアチキを殺めたの。憎い憎いあなたが憎い。この恨みはらさで置くべきか。あなたの代わりに三千世界の男を殺し、独り朝寝がしてみたい」

 青白い顔を仰け反らして、魔女は歌うように言葉を紡いだ。

「うっわ! まじヤバ殺戮系魔女じゃん」

「わー綺麗、花魁ってあでやかですねぇ」

 琴葉は呑気に目を輝かせている。環は身構えながら私に声を掛けてくる。

「早く避難させないと!」

「環、ちょっと遅かったみたい」

「グルルル……」

 環が心配した風俗嬢のお姉さんは既に魔女に操られ、シーツの中から伸ばした手で私の右腕を掴んでいた。

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