第二章 さまよえる魔法少女
第11話 渋谷川
恵比寿で転回し、代官山にたどり着く頃には日も暮れ始めていた。東横線沿いの小径をトボトボ歩きながら、探索を続ける。道沿いには平日ということもあって暇そうにしているブティックやオシャレ雑貨の店が並んでいる。
「なんか全然見つかりませんでしたね」
魔獣よりも、店頭の洋服に視線を向けながら、琴葉が呟いた。
「そりゃ、一番の出現ポイントが渋谷の中心なんだから、痕跡すら無くて当然よ」
「それにしても、工事が多いんですね渋谷区って。代官山もほとんど柵で囲われてたし、山手線のすぐ向う側も何か建ててるし」
すぐ先に見える高架の向う側では、大きなクレーンが稼働し大規模な建設が進められていた。
「あれはゴミ処理工場」
「え、渋谷のど真ん中に?!」
琴葉はビックリした顔をしてこちらに向き直った。
「21世紀は自分の出したゴミは自分で処理する流れみたい」
「あんな渋谷駅の徒歩圏内にゴミ処理場なんて地元では考えれれないや」
「あの辺で戦うこと多いのに、煙突邪魔になんないか心配だわ。それにしても、だんだん詰まらん街になってくわね。代官山も同潤会アパート有った時の方が趣があったのに。神宮前にある奴だって、もうすぐ壊されるっていうじゃん」
「私は、新陳代謝していく街って素敵だと思うけどなぁ。なんか新しいビルが出来るとワクワクするじゃないですか! 徳島なんて建物が朽ちて行くだけですもん」
「うちの田舎も同じようなもんだけどさぁ。それでも思い出の場所は残ってたりするじゃん。東京では、お気に入りのブティックもデートしたカフェも始めて行ったライブハウスも、どんどん入れ替わって行っちゃうしさ」
「あんまり分かんないや。だって、新しい店開拓するのに忙しいし、行けてない所もいっぱいあるし。ヴィヴィアンの服も買いたいし」
琴葉の若さとバイタリティにあてられて、クラクラと立ち眩みしそうになりながらも、なんとか首都高高架下を流れる渋谷川までたどり着いた。川底には昨日と同じく青い馬どもがウロウロしていた。
「あー! またケルピーが出てきてる!」
「いっちょ、ひとりで倒してみるか琴葉?」
「え?! 一緒にやりましょうよ!」
「ほら、火を使うと水が蒸発して曇るからさ」
「今日はほとんど干上がってますよ?」
「ともかく! 大したことない連中なんだから訓練だと思って一人でやってみろ! 危なかったら助けてやるから」
「はーい……」
ちょっと不満げな顔を見せた琴葉だったが、橋の欄干から降りてほとんど水が流れていない川底に降り立った。彼女は振り返って私を見上げた。
「ちょっと椿先輩、変身しといてくださいよ!」
「えー、かったるいなぁ」
私はスティックをかざしてフリフリ衣装に変身した。高速道路下に掛かる橋は帰宅ラッシュの時間になっても人通りは疎らだ。
「たおやかな光の輪舞よ! 奔流となって闇を切り裂け! ピンキースパイラルウェーブ!!」
琴葉が突き出しクルクル回したステッキの先から、リボン状のピンクの光線が放出される。新体操のように振り回されるリボンがケルピーの首に絡みつく。
――ヒヒーッ!!
ケルピーの青い体がピンクに染まり、もがき苦しむ。やがて力尽きへたり込むと同時に消え去った。その後も一匹ずつ着実に倒していく。
「もっと、ズバッと! 倒せないの?」
「そんなこと言うなら、手伝って下さいよ!」
観察していて分ったのは、彼女は絶対に汚れない戦いをしているということだ。5メートル以上ケルピーから離れて攻撃し、相手も暴れず、水も飛び跳ねないようにするのなら、動きを封じる魔法が有効なのは確かだ。しかし、日没の時間を過ぎ、辺りは暗闇に包まれると状況は変わってくる。
「キャッ! 何々何なの?!」
琴葉の頬を青白い光の玉が
「ちんたらやってるから囲まれるのよ」
「きゃう! はうぅ。なにこれ、服すり抜けて肌に直接当る! いやぁ、気持ち悪いようぅ!」
火の玉が撫でるように体に触れてきて琴葉は身悶えている。
「さっさと倒さないと、噛みつかれるぞー!}
「ええー! 助けて下さいよ!!」
「少しはひとりで打開する努力しなさい!」
「うぅ、そんなぁ!」
琴葉は涙目で訴えかけてきたが、私はニヤニヤして見下ろすだけだ。何かしないとマズいと思ったのか、彼女は涙を拭って気合を入れ直した。
「しゃあ! もう、破れかぶれだぁ! 漆黒を照らす赤紫の光よ! 杖を包み、全てを壊す力となれ! マゼンダスタッフ!」
ステッキ全体がピンクに発光したかとおもうと彩度が落ちていき、赤紫に変化した。
「うりゃー!」
琴葉は滅茶苦茶にステッキを振り回し、周りを取り囲んだ火の玉を掻き消していく。
――ヒヒー!
振り回される光に反応したのか、今まで大人しかったケルピーが琴葉に襲い掛かってきた。
「きゃっ!」
避けきれず吹っ飛ばされ、川底を転がる琴葉。
「はにゃーん! びしょびしょだよぉ~。ヘドロ臭いよぅ~」
「琴葉! 前から来てるぞ!」
「うぅ、もう!」
襲い掛かるケルピーを飛び上がって避け、魔法の詠唱を開始する。
「漆黒を照らす赤紫の光よ! 礫となりて、降り注げ! マゼンダヘイル!」
赤紫の小さな礫が降り注ぎ、川底の群れにダメージを与えた。しかしその反面、ヘドロも大きく跳ね返り、琴葉の白い服が鼠色の水玉模様に彩られた。
「うぅ、臭いよぅ気持ち悪いよぅ」
「はやく、追い打ちをかけろよ!」
「分かってますぅ! 柔らかき光の抱擁よ! その慈悲ですべてを包みこめ! ピンキーラバーズソウル!」
両手から発せられたピンクの光が、川底の魔獣たちを包みこんだ。動きが止まったケルピーたち。琴葉が両手の指を動かすと、互いに向かい合って戦いだした。今日は上手く同士討ちに出来たようだ。
「はぁ、早くお風呂入りたい」
同士討ちで残った最後の一匹にトドメをさし、泥だらけのドレスで琴葉はため息をついた。だが、これで終わりでは無かった。暗渠の奥で禍々しいオーラが増幅しだすのを私は感じたのだ。
「下がれ琴葉!」
「どうしたんですか椿先輩、あ!」
私は琴葉の近くまで降りてきて、川底の先、渋谷駅の真下にある暗渠の暗闇を見据えた。闇に光る二つの輝きがコツコツと音を立てて姿を現わした。
「ヒッポカンパスかよ!」
前足で身体を引きずり現れた巨体、体長はゆうに8メートルは超え、その大きさは4トントラック並だ。前が馬で後ろが魚類のキメラ、ヒッポカンパス。海が主な生息域だが、渋谷駅の下に生息していたとは。
「どうしよう?! 私、魔力あんまり残ってないですよ?」
「ああもう! こういう時に限って環が居ない!」
「椿先輩! 退却しますか?」
「私の辞書に引きさがるなど無いわ! 燃え盛る炎を包む、熱き球の連なりよ! 地獄の業火のように全てを焼き尽くせ。ファイヤーボール!!」
――ピギャーゥウー!
奴は叫び声を上げたが、焦げ付いた様子もない所を見るとダメージは少なそうだ。
――グブシャーウ!!
ヒッポカンパスの口から液体が盛大に噴出された。私たちが避けた後ろの橋がドロドロに溶け、内部の鉄筋が姿を見せる。
「まじヤバいですよ! あんなの喰らったら骨になっちゃう!」
「仕方ないわね。多少の被害は出るけど燃え尽くすしかないわ!」
私はステッキを前に突き出し詠唱を始める。
「闇夜も燃え尽くす業火よ! 紅蓮の炎ですべてを焼き尽くせ! アポカリプスヘルバースト!!!」
川底が炎の奔流に洗い流される。それと同時に水蒸気爆発が……。
――ドーン!!!
周辺一帯が煙に包まれ、交通が寸断される。何分か経って、視界が開けた先の川底は、コンクリートの護岸が水蒸気爆発の影響でグシャグシャに破壊しつくされていた。
「なんか窪みに水たまりが出来てますよ! というより池?」
「ああ、また署長に叱られるかも……」
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