第12話 初めての気分で

 灰色の寒々とした朝なのに、今日は起きてからウキウキが止まらない。なぜなら非番の火曜日、待ちに待ったランチデートの日だからだ。入念にスチーマーを顔に当ててからベースを塗る。髪のセットを合わせたらお化粧に1時間も掛けてしまった。

 いつもならヴィンテージ風のセットアップにファーコートを被るところだけど、ここはシンプルな肩だしワンピが無難? でも、それじゃ毛皮を重ねるとおばはん臭いか? さんざん迷いながらも普段の自分で行くことにした。だって、アランは無難な女が好きでは無いだろうから。


 正午の待ち合わせ時間、山手通りに出て待っていると、黒塗りのリムジンがやって来た。私の目の前に止まると、運転手が出てきてドアを開けた。

「やぁ、美紀子さん」

 ピンストライプのシャツに紺の三つ揃いスーツ。普通ならキザになりすぎるところをアランの優しそうな目が印象を和らげている。まさにイケメンにしか似合わないようなスタイル。私はおっかなびっくりリムジンに乗り込む。

「お忙しいところ、お時間を合わせて頂きありがとうございます」

「これでも経営者なのでね、時間は自分で何とかなりますよ」

 なんだかセックスアンドザシティーのキャリーとミスタービッグの気分で渋谷の街を走り抜ける。会話もそこそこに松濤の一軒家フレンチへ。


「……それで、東京タワーが折れ曲がったんです!」

「さすが美紀子さんですね! 後始末はどうしたんですか?」

「自然災害なんだから自衛隊でしょって逃げてきました!」

「ハハハ、やっぱり楽しい人ですね」

 白ワインを片手に会話を楽しむ私たち。アランは聞き役に徹して、私がほとんどしゃべるような形になっているけど、この人、ホントに相手を良い気分にさせるのが上手いわ。

「なんだか、私ばかり話しているわ。アランさん、どうして今の仕事を始めようとお思いになったの?」

「スタンフォードでマネージメントやコンピューターサイエンスについて学んでいたんですが、日本から来た僕の違いって何だろうって考えてたんです。その時、「アラン、君はいつも身ぎれいにしてるな」とか、「なんで日本人はそんなに服にこだわるんだい?」などと言われて、向うの学生は女子でもコンピューターサイエンスに居るような連中は服装には無頓着ですからね。日本に居た頃はそんなこと意識したことも無かったんですが、これは強みになるぞと思って、女性向けにオシャレを意識したネットサービスを始めようと思ったんです」

 イケメンのみならず優秀なビジネスマンで、成功をひけらかす感じも無い。裕二とはエライ違いだわ……。でも、なんでこんな完璧超人が私なんかに? だって、幾らでも選び放題じゃない。私がぼんやりとそんなことに意識が飛んでいると。

「あの、美紀子さん」

「え? はい!」

「よろしければ、この後、僕の職場をご覧になりませんか?」

「私は構いませんが、迷惑じゃありません?」

「とんでもない! 日夜、東京の平和を守るために戦う魔法少女。その中でも女性人気の高い美紀子さんが来て下さったら、うちの男性のみならず女性スタッフも励みになると思うんです」

 本当だろうか? イケメン社長を取られて、嫉妬に狂ったりしないんだろうかしらん? だがまぁ、そんなオンナ共の前で優越感に浸るのも悪くはない。

「分かりましたわ。ご一緒させていただきます」

 こうして午後は、道玄坂を上った先にあるアランのオフィスを訪ねることになった。


 何の変哲もない20階建てのオフィスビルをエレベーターで昇る。しかし、目的の階で降りて、エレベーターホールを抜けた先に広がる(株)ラプラスのオフィスは、私が想像していたモノとは全く次元が違う内装をしていた。

 3メートルは有るかという高い天井は内部のダクトやパイプが剥き出しになり、その上から自転車や飛行機の模型、プテラノドンなどが吊り下げられていた。地上に目を移すと、それぞれのデスクがカラフルなパーテーションで仕切られていて、通り道も直線だけでなく曲がりくねった小径になっていたりと変化に富んでいた。スタッフもスーツも居れば裏原系にギャル系、ツナギを着ているものと多種多様でそれぞれの趣味にかなった置物が置かれて居たり、おもちゃやギター、果てはチェーンソーまで! アランに連れられて曲がりくねった小径を進んでいくと、途中に置かれた丸テーブルを囲むヒッピー崩れみたいな連中が声を掛けてきた。

「おっすアラン!」

「やあ、サトシにデイビッドそれにキミコ! 上手く行ってるかい?」

「デザインチーム待ちって所でさ。今は週末の打ち合わせ中」

「そっか、よろしく頼むよ! そうだ、紹介しなきゃ! こちら魔法庁の椿美紀子さん」

「げげ? マジっすか!」

「リアリー?」

「普段のブリブリなお人形さん衣装と違って、イケてんじゃん。あの恰好って趣味じゃないの?」

 たぶんキミコであろう、前髪ぱっつんでピアスをじゃらつかせたパンク女が質問してきた。

「あれは、自分で何とか出来るもんじゃないのよ」

 アランの手前、顔を引き攣らせながら何とか平静さを保って答えた。そんな私の手をたぶんサトシが両手で掴んで来る。

「美紀子さんマジリスペクトっす! 環っちとのペアは平成のクラッシュギャルズと言っても過言ではないっしょ! 一緒に仕事できて光栄至極!」

「サトシは、今回の渋谷分署プロジェクト・チーフSEなんだ」

「そ、そうなんですか……」

 SEが何だか良く分からないけど、こいつらクスリでもキメてそうな風貌だけど大丈夫なんだろうか? その後も色々珍獣もとい社員たちを紹介され、最後にガラス張りの会議室に案内された。


「どうでしたか?」

「ええ、見たことも無いオフィスですね」

 目を輝かせて聞いてくるアランに、変だとはとても言えない。

「日本ではそうでしょうね! しかし、パロアルトでは普通なんですよ。社員それぞれの創造性を引き出すには、個性を表現できるオフィスでないとね。おっと! 失礼、お茶も出さずに。ここではCEOといえど平等なので自分でお茶を入れないといけないのです。ちょっと待っててくださいね」

 これがアメリカ流なのだろうか? うちの灰色の金属製デスクが整然と並ぶ司令部とは何もかもが違う。社員だってみんな私より若いのが多いんじゃないかしら? うちなんて若い男が皆無で、50以上のオッサンばかりなのに。まぁ、これは職場でマホショとデキるのを回避する目的が有るからなんだけど。

 そんなことを考えながら待っていると、アランより先に黒ブチ眼鏡をかけた短髪ヒゲずらの白人男性が入ってきた。

「おっと、失礼! お客さんがいるとは」

 流暢な日本語で答えた、どこか物腰の柔らかな印象を与える眼鏡くん。年齢はアランと同じくらいだろうか? 服装もコンサバティブで紺のシャツにネクタイを締め、ウールのベストを着ていた。

「ケビン!」

「アラン。探しに来たんだよ」

「ごめん、行き違いが有ったようだ。そうだ、紹介するよ。椿美紀子さんだ」

「やぁ、あなたが椿さんだったんだね。アランがいつも噂してたよ。おっと、自己紹介してなかったね。私はケビン・ボルトン。アランのパートナーだ」

「パートナー?」

 私が、どう捉えて良いのだろうかと思っていると、間髪入れずにアランが説明してきた。

「会社のね! ケビンは、CTOなんだ」

 肩を組む二人は何て絵になるのだろうか、まるでハイファッション誌の表紙の様だなんて思ってしまう。


 その後は、二人して色々会社の事を説明してくれたが、半分も理解できなかった。何となく判ったのは、アメリカ時代に出会った二人が、日本に来て起業したのがラプラスの始まりで、そこから二人三脚でここまで会社を大きくしたらしい。ちなみにCTOは最高技術責任者という、とにかくケビンはアランの次にエライ人ということらしい。案内も終わり、ビルの玄関先までアランが一緒について来てくれた。

「ほんとにリムジンで送らなくて大丈夫ですか?」

「ええ、非番の時は少し運動しないと体かなまってしまうので」

「あの、また今度。予定が合えばパーティーに同行してもらえないでしょうか?」

「ええ、よろこんで。それでは今日はありがとうございました」

 平静を装いつつ私は、道玄坂から渋谷駅方面へ歩みを進めた。そして、アランの視界から完全に隠れたと確信したところで。

「よっしゃー!」

 こぶしを握り締め大きくガッツポーズをしたのであった。

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