第13話 前の男

 クリスマスムードに包まれる12月の渋谷を歩く。ショウウインドウを飾るイルミネーションが新しい恋を祝福しているかのように、天使のオーナメントを輝かせている。浮足立った街の気分が、私の気持ちとシンクロしているような、そんな風にすら思えて来る。スキップしてそのまま空に飛びあがってしまいそうになるのを抑えながら、マンションへと戻って行った。


「ただいまー!」

「げげ! 美紀ちゃん!!」

 ソファーに寝転がっていた裕二が驚きの声を上げた。てか、会うの久しぶりじゃん。

「最近見ないと思ってたら、昼間寝てたの?」

「夜に交通整理のバイト始めたからさ」

「オーデ落ちたんだ?」

「うん、まぁ……。アパート借りるにも元手がいるしね」

 落ち込んでいるようなふりをして、こちらをチラチラ見て来やがる。それで騙されるような私では無いのだ、今はな!

「そう。年明けには出て行ってよね」

「え?!」

「何、引き留めるとでも思ったの?」

「今までの流れだとそうかと……」

「ふん。今までの私とは違うのよ裕二。私、恋したの」

「はぁ? 熱でもあるのか美紀ちゃん?」

 裕二は私のおでこに手を当ててきた。私はその手を振り払う。

「気安く触るんじゃないわよ! もう、恋人同士でもないんだから。それに、新しい相手はお金持ちだし優しいしイケメンだし私を愛してくれてるし」

「嘘だ! 俺以外にお前を愛する奴など居ない。こんな、暴力的で、男勝りで、近年親父化の激しい美紀子を……フグッ!」

 私はクソ野郎の顔面にパンチをお見舞いした。

「痛ってー! 何しやがるんだ! 俳優は顔が命なんだぞ!!」

「ハッ! 寝言は寝て言いなさいよ。最近ほうれい線目立って来てるわよ三文役者さん」

「ほうれい線のことは言うなぁー!」

 ――ドスン!


「あ……」

 裕二に床に押し倒され、重なり合う私たち。珍しく乱暴にやり返してきた彼の顔が間近に迫り、ちょっとドキドキしてしまう。私の表情を察したのか、彼は唇を重ねてきた。そのまま舌を首筋に這わせ、服をたくし上げて来る。

「うん、はぁ……」

 私も、彼のトレーナーに手をかけ脱がしにかかる。彼も強引にスカートをたくし上げようと手を入れて来る。このまま繋がれるのならそれで構わない、でも……。

「ゴメン……」

「やっぱりダメね」

 ずり下げられたパンツから露出する彼の怒張は、行為に取り掛かろうとする寸前でしなしなとしぼんでいった。

 今までにもチャンスが無かったわけではない。3回寸前まで行ったことが有る。ただ、訪れた機会の度にトラウマを植え付けられた裕二は、遂にはその所為で不能になってしまったのだ。もちろん射精できないわけではない。ただ、セックスすることが出来ないのだ。


 服を着るでもなく下着姿でソファーに腰掛ける私たち。

「17歳のあの夏に戻ってやり直してえなぁ」

「何言ってんの。私があの時、魔法少女にならなきゃみんな死んでたでしょ」

「逃げりゃ良かったんだよ。あんなクソ田舎が無くなったって生きてはいけたさ」

「あんたねぇ、愛郷心というものは無いの? ああ、でも私。もう5年は帰ってないなぁ」

「そんなに?」

「だって、盆と正月は忙しいし。普通の日に帰ったってなんだか居心地悪いじゃん。てか、プー太郎のくせによく田舎に顔出せるわね」

「仕送り貰う身としては、たまに帰って親孝行しないと」

 私は目を見開いて裕二を見た。なんでこんなほがらかな顔をしていられるのだろうか。なんで、こいつと12年も付き合い続けていたのだろうか。もしや、裕二は生まれながらに何かしらの魔力みたいなものを持ち合わせているのかもしれない。


「裕二さんって、見た目は好青年なのに、心底クズ野郎ですね」

 司令部で昨日の事を愚痴っていたら、環が感心したように呟いた。

「そうなんだよねー。生まれながらのヒモ体質というか、先輩ばかりか後輩にも助けられてるみたいだし。でも昨日の事で、なんか深淵を覗き見たというか、冷静に考えたらありゃホラーだよね」

「先輩、別れて正解です! でも、ラプラスの田村さんは……」

「何? 私は役不足とでも言いたいわけ?」

「ええ、正確な言葉の意味ではそうですけど、違います!」

「何言ってるのか分かんないんだけど?」

「先輩が利用されてるんじゃないかと心配なんです。なんか私と同じ匂いを感じたもので」

「ますます何言ってんだか分かんないわよ! 私にどんな利用価値が有るっていうのよ?」

「ラプラスのターゲット層に丁度いい感じなんですよ。仕事を優先するキャリアウーマンだけど、恋も頑張るみたいな? ちゃんと中身を理解してお付き合いしてるんだなって好感度が上がりそうな相手なんですよ先輩は。これが、琴葉ちゃんが相手じゃロリコン呼ばわりされるだろうし、私だとやっぱり見た目かよみたいな」

「環、あんただって実力は有るだろ?」

「んー、私だと嫉妬の対象にされちゃうんですよ」

「まるで、私なら嫉妬する男が居ないみたいじゃねぇか!」

「キャー、御免なさい!」

 そんな感じで恋バナに花を咲かせていると、いつものごとく署長が現れた。ちなみに琴葉は非番である。


「日曜の夜に、映画のプレミアパーティー出演が決まったわ。金河は俳優の小清水新太郎にエスコートしてもらって、椿はラプラスの田村さん」

「え?! やったぁ! 田村さんとまた会える!」

「魔法庁と関係が有る映画なんて聞いてませんよ?」

「ラプラスが出資してる映画なのよ。博通の近藤さんもメディアが結構くるから良い宣伝になるって太鼓判押してたわ。さすがベンチャー企業、やることが早いわね。いい事、事前資料と想定問答集をちゃんと頭に叩きこんでくるのよ?」

「はーい!」

「珍しく素直ね椿……」

 署長は怪訝な顔をしながら去っていった。

「なんでオッサン俳優の小清水なんかと、せめてショウタくん(11歳)だったら嬉しかったのに」

「お前、ショタも行けるんだったけ?」

「第二次性徴前なら、男も女も変わらんとです!」

 環の性癖の罪深さにドン引きしながらも、日曜が楽しみでウキウキ気分が止まらない私なのであった。

「あ、でも、その前に……」

 バブリークソ女のエリカとの対決が待っているのだった。

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