第28話 聖なる夜
「聖なる桃色の輝きよ、柔らかな糸となって、縦横に張り巡らせ! ピンクスパイダーウェブ!」
琴葉が潜り抜けた連絡通路の下に網を張り、追いかけてきた巨大グリフォンを引っかけた。後ろから追いかける私は、狙いを定めて魔法の詠唱を始める。
「闇夜も燃え尽くす業火よ! 紅蓮の炎ですべてを焼き尽くせ! アポカリプスヘルバースト!!!」
爆発的な炎に、グリフォンが焼かれたかに見えた。しかし、火か消え去った後には何も残っていなかった。
――ギギー!
グリフォンの叫び声が連絡通路から左に行った方で聞こえてきた。視線を移すと、都庁舎の玄関先で、新宿の赤い魔法少女が横倒しになったグリフォンに襲い掛かろうとしていたのだ。
「何しやがんだ! このクソ女!」
「こいつは元々私らの獲物だ! もう大丈夫だから、渋谷の連中はすっこんでろ!」
どうやらあのクソ女は、私がトドメを刺す直前にグリフォンに蹴りを入れて網から弾き飛ばしたのだ。
「なんだと! テメェんとこの青二才が助けてくれって来たから助太刀したんじゃねぇか! 中途半端なところで辞められるか!」
私は、クソ女を無視して、グリフォンに突撃した。
「燃え立つ火柱よ、剣となりて我に従え。フレイムソード!」
「させるか! 火の聖霊よ、我が鉾となり全てを薙ぎ払え! フレイムランス!」
クソ女のステッキが炎の鉾に変わり、私の攻撃を受け流した。
「やんのかこの野郎!」
「年増の行き遅れババアは、すっこんでろ!」
「はぁ? 統率も取れない能無しリーダーが生意気言ってんじゃねぇぞ! ゴラァ!!」
都庁前の戦いが終わった後。
「それで、魔獣を放っておいて喧嘩をしたという訳?」
「いや、仕事を忘れたわけじゃないですよ橘署長。ちゃんとグリフォンは喧嘩しながら倒しましたし……」
「ガキの使いじゃねぇんだよ! このバカチンがぁ!!」
――ドンッ!
いつもの司令部のデスク前、鬼の形相をした橘署長に私はこってりと絞られているのだった。あの後、お互いに牽制という名の邪魔と足の引っ張り合いをしながら巨大グリフォン戦に挑んだ。その結果、都庁前広場に飾ってあった高さ20メートルのクリスマスツリーは焼け落ち、都庁舎の玄関ホールが爆発、周辺一帯に甚大な被害を残したのだ。
「はぁ、また税金の無駄遣いとか叩かれるわ。最近、浮ついてるとは感じてたけど、こんなことやらかすなんて」
「すみませんでした。署長」
「謝って済むなら、警察要らねぇんだよ!」
――ドンッ! バキッ!!
長年、橘署長の拳に痛めつけられたデスクの天板が遂にヒビが入った。
「だ、大丈夫ですか署長? 拳に血が滲んでますよ」
「うるさい……」
署長は、顔を下げて小刻みに震えながら痛みを我慢し、そのままの姿勢で私に処分を言い渡した。
「魔法少女椿美紀子! あんたを無期限謹慎に処す」
「そんな! 先輩が居ないと困ります! 今は年末の忙しい時期だし、せめて年明けになってからでも良いじゃないですか?」
環が前に出てきて署長を説得しようとした。
「止めろ環。お前ら3人だけでも十分戦えるよ」
「先輩……」
「久しぶりに少ない人数だったからさ、私がやらずに誰がやるみたいな気分になっちゃって。冷静に考えれば、あんたたちが到着するのを待てば、じゅうぶん渋谷区内で対処することは出来たはずだった。はぁ、やっぱリーダーは冷静沈着な奴がやった方は絶対良いよ。だから、環、後は頼んだよ」
「そんな引退したみたいな言い方止めて下さいよ。渋谷のリーダーは美紀子先輩しかいないです! うぅ」
「泣くなよ環。青葉にモデル仕事任せれば、仕事に専念することも出来るだろ? メディア対応だって琴葉がしっかり話せるしさ。協力し合って乗り切れよ」
「はい、ぐっす……」
「いつまで、お涙頂戴の猿芝居してんのよ! とっとと私の目の前から消えなさい!」
「はいー!」
その後、慌てて荷物をまとめ――と言ってもマホショに荷物なんてそんな無いけど――マジカルステッキとポケベルを返却し、司令部を後にする。
「椿先輩!」
玄関から出る直前、琴葉が声を掛けてきた。
「なんだよ」
「すみませんでした。私がもっと周りの状況に目を配っていれば、あんな事にはならなかったと思います」
「随分と謙虚だな」
「先輩に色々教わったことは忘れません。短い間だったけど、先輩と一緒に戦ったおかげで凄く成長することが出来ました。だから……」
「だから何?」
「絶対に、戻ってきてください! まだまだ教えてもらわなきゃならないこといっぱいあるから!」
私はその言葉に答えず、微笑みだけを返した。
司令部から井の頭通りに出て、何となく帰りたくない気分だったので、マンションとは反対方向に歩きだした。街路樹のイルミネーションが輝く中、帰宅を急ぐサラリーマンの群れに混じって渋谷駅の方へ、良く行く近所のビストロに通りがかり、お腹が空いていることを思い出す。しかし、窓の中を覗き込むと客はカップルしか居なかった。慌てて窓の傍を離れ、そのままセンター街へ向かう。三角州の交番付近では、サンタの格好をして浮かれた男子大学生の集団が「クリスマスなんて糞くらえ!」などと笑いながら叫びあっていた。すぐ近くにあるソープ横の中華屋に入ろうと思ったけれども、いつにも増して、ひとり飯を喰らう男たちの独特な雰囲気が漂っていて近寄りがたかった。コギャルに混じってファーストフードも勘弁してくれと言う気分になり、このまま引き返そうかと考えた。しかし、ここで帰ったら寂しさに押しつぶされそうになるんじゃないかと不安になった。
「一目見るだけなら、良いよね」
ひとり呟いた私は、道玄坂方面へと足を向ける。文化村前まで来て、百軒店や円山町を抜けるのは気が引けると感じ、109まで行ってから道玄坂に入った。玉川通りまで上って、アランの居るオフィスビルにたどり着いた。エレベーターに乗って、目的の階に上がる。扉が開くと、すでに照明が落とされていて人気も無かった。しかし、奥の会議室から明かりが漏れ、ワムのラストクリスマスが聞こえてきた。
パーティーって感じでもないし、クリスマスだから音楽でも掛けながら会議をしてるのかしら? などと考えながら、迷惑をかけないよう、音を立てずに部屋へ近づいて行く。扉の傍まで来て、聞き耳を立てる。
『家で良かったじゃない』
『仕事だって、言ってたから。それに、サプライズしたかったんだ』
『ホントに君の発想には頭が下がるよ。アラン』
私は、勢いよく扉を開けて、中の様子を垣間見た。
「アラン? 居るの……って、あー!!!」
そこには、会議テーブルの上で体を重ね合わせる、胸をはだけたミニスカサンタ姿のアランとトナカイの頭を被ったブリーフ姿のケビンが居たのだった。
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