第四章 どん底の魔法少女

第29話 夜の男たち

 目の前の光景を見て、私は走馬灯のように、過去の記憶をフラッシュバックさせた。

 ――細やかな仕事がなされたピクニックの手作り弁当。

 ――私の背中で空を飛んだ時に上げた女みたいな叫び声。

 ――結婚ではなくパートナー。待ち構えていたようなカメラマンの前での熱烈なファーストキス。

 ――クイーンとエルトン・ジョンを熱唱していたカラオケ。

 ――アフターパーティーのドラッグクイーン。

 ――プレミア試写会の時、メディアに向けてレッドカーペットで交際を匂わしたのに、中に入ったら途端、ケビンとの仕事の打ち合わせ。

 ――そして、ケビンとの初対面での言葉。「私はケビン・ボルトン。アランのパートナーだ」「私はケビン・ボルトン。アランのパートナーだ……」

「アランのパートナーだ……」


「パートナー!!!」

 私は叫びながら、二人を順番に指さした。

「落ち着くんだ。美紀子さん!」

「アー! アー! アー!」

 発狂する私に、アランがテーブルを降りて近づいてきた。肩を抱かれた私の視線は、ミニスカサンタのスカートを突き破りそうなほど大きく膨らんだアメリカンサイズの彼の下腹部に注がれる。

「キャー! と、とにかく、服を着なさいよ!!」

 その後、泣きじゃくった私が落ち着いた頃、会議室のテーブルに対面に二人が座った。目の前には、カモミールティーの入ったマグカップが出されている。その気遣いすら癪に障るんだけど。

「で、どういう説明をしてくれるのかしら?」

 落ち着きを取り戻した私は、二人に言葉を投げかけた。アランは、観念した表情で口を開く。

「人間として美紀子さんに惹かれたのは本当なんです。女性に対してあんなに羨望を抱いたのは初めてだった。あなたとなら一生を共にしても良いと思ってる」

「じゃあ、ケビンはどうなるの? 付き合ってるんでしょ?」

「それだから、既存の概念にとらわれない新しいパートナーの在り方で付き合おうと言ったんだよ。日本では未だにゲイに対しての風当たりが強い。噂が立つだけで経営者として致命傷になりかねない」

「ケビンとの付き合いの隠れ蓑に私を利用してた訳だ。この人でなし!」

 私はカモミールティーが入ったマグカップをアランに投げつけた。彼のワイシャツがずぶ濡れになる。今度はアランに代わってケビンが話し出した。

「そう捉えられても仕方ないと思う。私も最初は反対だった。でも、君とアランが交流を深め、そのことを楽しそうに話すアランを見て、そこに愛が有ると私も感じた。君に危機感すら感じたんだ。クリスマスに二人を会わせなかったのも私がアランに頼んだからだ。アランはゲイだけれども、女性とセックスすることも出来る」

「え、え、ちょっと待って! アランはバイセクシャルなの?」

「たぶんそう……」

「違うよケビン! 僕は愛が無くても男女構わずセックス出来るだけだ。決して女性に恋することはない」

「じゃあ、美紀子のことはなんなのよ! 彼女のこと話すとき、ルックスライクユーアーフォーリンラブだよ!」

 興奮したケビンは、段々と英語交じりのカマっぽい口調になっていった。それに合わせてアランも興奮気味に返答する。

「ノー! ケビン! ノー! あれは親友や憧れの先輩とかと同じうれしさだよ。決してラブじゃない。ライクだ!」

 ――バンッ!

 私そっちのけで、痴話げんかを始めた二人にムカつき、テーブルに両手を叩きつけ、中断させた。これじゃ、まるで橘署長みたいじゃん。何とか感情を押し殺し言葉を紡ぐ。

「アラン。あなたが私の事を親友感覚で好きだということは分かったわ。でも、親友を利用するのは最低野郎よ! 心底見損なったわ」

「すまない美紀子さん。でも、愛だけでは結婚は成り立たない」

「私とは結婚なんてするつもりないじゃない!」

「すまない。言葉の綾としての結婚だ。結婚と同じく一生のパートナーとして生きていく上では、一時の恋愛感情より、お互いがストレスなく生活できる事が一番大事じゃないだろうか? 君と一緒に居るのは楽しいし女性と一緒にいるときに感じるストレスが少ない。君にとっても、僕は経済的に裕福だし、子どもが欲しければ協力もするし、レジャーとしてのセックスがしたいならそれも相手をしてあげられる。ねぇ、美紀子さん。3人で楽しく暮らしていくのも悪くないんじゃないか?」


 私は3人での暮らしを想像する。朝、ベッドから起きる3人。朝食の準備は料理上手のアランの担当。専業主婦の私は2人を見送った後、掃除もそこそこに高級エステに通う。昼はセレブな主婦仲間と豪華なランチ。午後は再放送のドラマでも見ながら優雅に過ごし、夜は2人と銀座で合流してディナー。帰宅後の夜の営みは、一日おきにケビンと交代制。子供が出来たら、幼稚園の送り迎えは私の役割。でも、運動会やお遊戯会は3人で見に行く。卒園式では、私たちを差し置いて、ケビンが一番大泣きする。

「なんじゃそりゃ……」

 質の悪いアメリカ製シットコムかよ。


「あほらしい」

「え? ちょっと美紀子さん?」

 クリスマスイブの茶番に心底嫌気がさした私は、立ち上がって会議室を後にした。

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