第30話 どん底

 あの後の記憶が余りない。気がつくと、マンションのソファーに着替えないまま突っ伏していた。

「うわっ。頭、痛てー!」

 どうやらヤケ酒のせいで頭がガンガンする。両手で顔を抑えながら、辺りを見回すと、ローテーブルはひっくり返り、一升瓶や潰れたビールの空き缶が床に散らばり、壁に穴が開いていた。窓の外からは刺すような日の光が差し込んでくる。時間感覚がおかしくなり、今何時だと確かめようとテレビを点けると、どうやら25日の夕方らしかった。ドラマの再放送を呆然と眺めていると、やがて夕方のニュースに変わった。

『昨日午後5時ごろより発生した、新宿渋谷合同作戦によるグリフォン討伐戦は、都庁舎一帯に甚大な被害を及ぼしました。今日、正午に行われた魔法庁の記者会見によりますと……』

 半焼した都庁舎の玄関や広場の様子から、記者会見で頭を下げる長官たちの姿に画面が切り替わった。居た堪れなくなりチャンネルを変えるも、どこのトップニュースも代わり映えがしない額に汗しながら記者の追及を受ける長官の申し訳なさそうな顔だった。見たくもないテレビを消した後、お腹が空いてることに気づいた。しかし、今日はクリスマス。街まで買い物に行く気すら起きない。こういう時、裕二をパシらせて割引シールの貼られたチキンの丸焼きやオードブル何かを買ってこさせるのだけど、あんな事が有った後で電話を掛ける気には成れないわ。


「うーん、どうしたもんかなぁ」

 取り合えず、涎や零した酒で汚れたパンツスーツを脱ぎすて、シャワーを浴びるか? その前に頭痛薬を飲んでガンガンする頭を何とかしないと。ということで、寝室に入りベッド脇の引き出しから薬を取り出してそのままの水なしで飲み込んだ。

「はぁ、少し楽になった気がする」

 そのままベッドに倒れ込んだ私は、薬からくる睡魔でいつの間にか眠ってしまった。


 ――ガチャガチャ、ガッタン!

『うひゃー! 何よこれは!』

「ううーん……」

 ――ドスドスドスドス。

『ちょっと、起きなさいよ美紀子!』

「まだ、もうちょっと寝させてよぅ」

『何時だと思ってんのよ! 仕事はどうしたの?』

「うるさいなぁ、母さんには関係な……、母さん?!」

 慌てて起き上がると、目の前にはワインレッドのビロード地ジャケットとスカートを着た母が立っていた。

「なに、その格好は! 汚ならしいわね」

「ごめん、着替えないで寝ちゃったから、って! なんで居るのよ?」

「留守電聞いてなかったのかい? もう、ズボラなところは全然変わってないのね美紀子。ちょっと、お父さんと小次郎がね。クリスマス料理にブーブー文句言うもんだから、そんなら自分たちでやんなさい! って、出て来ちゃったのさ」

 50代の母は更年期の所為だろうか、昔よりキレやすくなったみたいだ。私が帰らない分たまに泊まりに来ることは有ったが、専業主婦とはいえ師走の忙しい時期にやって来たのは始めてた。しかも、私の了解も取らずに。

「ところで裕二君は?」

「別れた」

「え? じゃあ、あの週刊フレッシュの記事本当だっていうのかい? お前、超セレブのイケメン社長と付き合ってんの! 田村阿覧さんかぁ、やるじゃないか! 田村美紀子、案外しっくりくるねぇ!」

「あいつの事は、言わないで」

「どうしたの? やっぱ、フラれたのかい?」

「こっちからフッてやったのー!」

 私の叫びを聞いた母の顔が、何だか可哀そうなモノを見るような目になる。

「そ、そうなのかい。それは残念だったね」

「まるで娘がおかしくなったみたいな目で見るの止めなさいよ! あいつは、アランのクソ野郎は……」

 おかま野郎なのよ! と言いそうになり、直前に言葉を飲み込んだ。別にホモ嫌いだとかじゃないのに、いい大人がそんなことを親に向けて言うのは人としてどうなんだ。そう思って、グッと気持ちを抑え込んだ。クリスマスの夜なのに、母親相手に何をしてるんだと考えると、涙が出て来る。

「え? あんた泣いてんの?」

「ぐっすっ、うるさい!」

「とりあえずさ、あんた臭いからシャワー入りなさいよ」

「もう! デリカシーってものは無いの?」

「こんな汚く散らかした部屋に住んでて何言ってんだい。さっき、終わり際のデパートで食べ物買ってきたから、綺麗にした後に一緒に食べましょう」

 言い合いでは母には敵わない。どの道、お腹が空いてたし、素直にシャワーを浴びに浴室へ向かった。


 髪を乾かし、バスローブを着込んでリビングに出ると、散らかったゴミが片付けられ、半額シールの貼られた惣菜類がローテーブルに所せましと並べられていた。

「買いすぎなんじゃないの母さん?」

「余っても裕二君が食べるかなと思ったら、ついついいっぱい買っちゃった。余ったら後で取りに来てもらいなさいよ」

「あのね。裕二は荻窪だから、取りに何て来れないわよ」

「それなら、あんたが飛んで行って届ければ良いじゃない! そういえば、クリスマスなのに家に居るなんて珍しいわね」

「ああ。言ってなかったけど、無期限謹慎になったのよ。マジカルステッキ持って無いから、飛んで行くなんて出来ないわよ」

「そんなことニュースで言ってなかったけど?」

「魔法少女の謹慎なんてそんな些細な事までニュースで流さないわよ」

「ああ、あの長官が謝罪してたのアンタの所為なの? 滅茶苦茶になったの新宿だったから関係ないかと思ってたわ。でもさ、今までだっていっぱい東京を壊してきたのに、何で今回は謹慎になったの?」

 ローストビーフを摘まみながら、まるで他人事のように母は聞いてきた。少しは心配というものをしないのだろうかこの親は。惣菜を摘まみながら、会話は段々と大して興味のない私の話から、他愛もない地元の話や家族への愚痴に代わっていった。

「あんた、無期限謹慎ならさあ、久しぶりにお正月家に帰って来なさいよ。てか、明日一緒に帰りましょうよ」

「えー! 今更正月に実家帰ってどうすりゃいいのよ。父さんなんて5年も会ってないし、超気まずいじゃん」

「あんたもうオバサン片足突っ込んでる年齢なのに何言ってんの。地元に帰ったら何か良い出会いが有るかもよ。昔の同級生とかさ」

「いやいや、地元の知り合いに会うのが嫌なの!」

「はぁ、美紀子。30過ぎたら誰も貰ってくれないわよ。この一年、死に物狂いになんないと」

「母さん、娘が別れたばかりなのに、そんな現実的な話をしないで! もう、絶対帰ってやんないんだから」

 そう啖呵たんかを切ったものの、結局は翌朝の新幹線で母と一緒に5年ぶりに帰郷した。

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