第31話 大晦日

「あんた、本当に何にもしないわね」

 大晦日。こたつを住処にテレビを見ている私に、母が呆れた風に声を掛けてきた。クリスマスの翌日に帰郷してから、コンビニにお菓子を買いに行く以外は、外には出ていなかった。もちろん、料理なんか私は出来ないから手伝わない。実家の建物は築30年は経っていたものの、3年前に私がリフォーム代金を出してやり、水回りが電気温水器になったり、4口のガスレンジがついたシステムキッチンになっていたりと、大分アップデートされていた。今見ている42インチのブラウン管テレビも去年買ってやったものだ。

「金出してやってんだから、良いでしょ。久しぶりに帰ってきたんだから、逆に接待してもらいたいくらいだわ」

「何言ってんの。クビになったら、あんた今どき転職先なんて無いわよ。自炊や掃除洗濯くらい出来るようになんないと、野垂れ死ぬよ。さぁ、出てきて手伝いなさい」

「小次郎はどうしたのよ。あいつ正月休みでしょ。23歳にもなって実家暮らしのクセにお金だって入れてないんだから、あいつにやらせりゃいいじゃん」

「小次郎はあんたと違って稼ぎが少ないんだから、無理言っちゃダメよ。それに、お父さんのお守りという大事な仕事があるんだから」

 50代半ばの父は、今は無職だ。今年の2月に資金繰りが悪化し勤めていた会社が倒産。最初のうちは求職活動をしていたようだが、地元に50代を採用するような仕事なんかあるわけがない。当然、一日中家に居るようになり、そのことで夫婦の中もゴタゴタすることが多くなったらしい。母がクリスマスに東京に出てきたのも、溜まり溜まったものがあったのだろう。

「なるほど。それで、二人ともここんとこ昼間は顔見ないのか。釣りだったら私も久しぶりにやりたいかも」

「こんな寒い日に行く訳ないじゃない。どうせ、パチンコかフィリピンパブにでも行ってるのよ」

「流石に昼間っからフィリピンパブはやってないんじゃない」

 トゲのある母の言葉に引き気味になっていると、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。

「はーい! 今行きます!」

 母がドテドテと音を立てて小走りで玄関に向けて部屋を出て行った。「まぁー!」とかなんとか言う母の声が聞こえてくる。しばらくして、2人分の足音が今に近付いてきた。


「やぁ、美紀ちゃん」

「げ! 何で来たの? ていうか、何で居るのよ」

 戸口に表れたのは、ニヤついた笑顔を見せる裕二だった。

「そら、年末は帰省するでしょ。お! みかんあるじゃん!」

 奴は、ずけずけとこたつに入ってきやがった。

「ユウちゃん、今お茶出すからゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。おばさん! ひゃーしばれるなぁ」

「あんた、慣れてるみたいだけど、もしかして……」

「ああ、たまに顔出してるから。小次郎車持ってるし、地元の同級生はみんな結婚しちゃって遊んでくれないしさぁ」

「弟に悪い遊び教えてないでしょうね?」

「何言ってんだよ。あいつが地元残ったのは、僕を反面教師にしてるからなんだぞ!」

「いや、それ誇らしげに言うことじゃねぇし」

「そりゃそうだ! ハッハッハッハ」

 脳みそ空っぽで笑う裕二を見ていると、なんだかどうでもいいやって気分になって心が安らぐ。このまま1か月前に逆戻りかなと思ったところでふと疑問が浮かぶ。

「あんた、私が居るの分かってやって来たの?」

「地元じゃ有名人だもの、目撃情報があれば、すぐに噂になるに決まってんじゃん」

「いやいや、私コンビニしか行ってないし。普段の姿じゃ判んないでしょ。そんなに田舎の情報網って凄いのか?!」

「ていうのはウソで、小次郎からメールで教えてもらった」

「なんだよ。あんたたち仲良すぎて気持ち悪いよ。大体が裕二が高3のとき小次郎小6じゃないの。なんで話が合うわけ?」

「そりゃあ、美紀ちゃんに対する愚痴で意気投合するで……、フグッ!」

 こたつの中の足を伸ばし、裕二の腹を蹴り上げた。

「ミカン吹き出すところだったじゃんか! 暴力反対!」

「なんだとこのヒモ男! 顔は殴らないでやっただけ感謝しなさい! これでも喰らえ!」

「フガガガガ……」

 私は皮が付いたままのミカンを裕二の口に突っ込み黙らせるのだった。


 しかし、裕二が私に会いに来たということは、彼はアランと私が破局したことを知っているということなのかしら? チラチラ見る私の視線などお構いなしに、お茶をすすりながらいつもと変わらない調子でテレビをボケーっと見ている。

「ねぇ……」

「なに、美紀ちゃん?」

「いや、何でもない」

 なんか自分からアランの事を持ち出すのは恥ずかしい。だからと言って、何も言わずに裕二に甘えるのもプライドが許さない。しかもここは実家じゃないか! イチャイチャしている所を親に見られたくないし。親だって気まずいだろう。

「美紀ちゃんの実家ってさぁ、ケーブルだからいっぱいチャンネルあって良いよな。家なんかさ、テレビばかり見てたらバカになるとか言っちゃって、衛星放送すら入ってないんだぜ。しかも、80年代の6対4の小っちゃいブラウン管だしさぁ」

 裕二の実家は、地元の名士でめっちゃ広い瓦ぶきの平屋だ。そんだけ裕福だから次男坊の裕二は29歳にもなって、遊び暮らしていけるのだろう。

「そりゃ、あんたがバカになったんだから、実体験を元にしている分、説得力があるわよ」

「ヒドイよ美紀ちゃん!」

 そう言いながら、裕二はこたつの下で脚を絡めてきた。足の親指で内股を撫でつけられ、声が漏れそうになる。俯き加減で顔を赤くした私が何も言い返してこないと見るや、彼は更に攻め立ててきた。母は台所に引っ込んでいるけど、これ以上は耐えられない。

「ねぇ、外行こうよ」

「えー、寒いからイヤだよー」

「お願い……」

 こたつの上に置かれた彼の手に私の手を重ねて懇願した。


「母さん、車借りるね!」

「夕飯までには戻って来なさいよ!」

 母の軽自動車を借りて、近所をドライブすることにしたのだ。免許のない私の代わりに裕二が運転席に座る。一路、海辺を目指して車を発進させた。

「あれ? ねぇ、美紀ちゃん。二人でドライブなんて、あの夏以来じゃね?」

「ああ、そっか。東京出てからドライブなんて行かなかったもんね。マホショになってからだと、近場は、あんたを負ぶって飛んでたし。だとすると、ペーパードライバーなの?」

「そんなことないよ。昔は配送のバイトとかやってたことも有るし、最近でも小次郎の車を運転することも有るし」

「なんで実家の車を使わないのよ?」

「忘れたの? あの夏の初ドライブで親父のベンツをおしゃかにしちゃったからじゃん」

「でも、あれは裕二が悪いわけじゃ……」

「そうでもないよ。勝手に借りたんだし」

「え? 許可取ってなかったの! なんだ、新車のベンツ貸してくれるなんて裕二のお父さん太っ腹だなぁって感心してたのに」

「あ! 海が見えて来たぞ!」

 家を出てから程なく海岸線沿いの道に出た。険しい崖沿いのワインディングロードを過ぎると、大晦日で休漁中の漁港に出た。さらに先に行くと小さな砂浜に出た。近くの堤防の端に車を止め、中から冬の海を眺める。


 灰色の空の下、群青色の荒波の上を海ガラスが飛んでいる。コンクリート製の堤防と灰色の砂浜が冬の海の寒々しさに更に拍車をかけているようだ。

「ねぇ、なんで来たの」

「姫のピンチに王子様が現れなくてどうすんのさ」

「何言ってんの。私のピンチって何よ?」

「それは……、ねぇ」

 裕二は急に視線を反らして、言葉を濁した。

「何よ? はっきりしないの私大嫌いなんだけど!」

「それは、やっぱ田村阿覧のこと……」

「やっぱり知ってたんだ」

「え?」

「え?」

「ああ! 美紀ちゃん家ケーブルだから、ワイドショー見て無かったのか!」

「もしや……、私以外全国民が知ってる系?」

「そこまでじゃないけど、ゴシップ好きは知ってると思うよ」

「あー、アランと破局したのはみんな知ってるのね」

「違うよ美紀ちゃん。アランがゲイだと告白したんだよ。美紀ちゃんとは偽装交際だったてことも」

「なんだってー!」

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