第17話 女の戦い
「ケケケケケケケッケ!」
ベッドから飛び出してきたお姉さんは、私に圧し掛かってきた。優しく腕を取って攻撃を防ぐが、中々離れてくれない。
「怪我させるわけにもいかないし、参ったなぁ~」
「マジカルステッキ!」
――ドカッ!
環がステッキでお姉さんの側頭部をただ殴った。殴られた相手は白目を剥いて気絶した。
「助かったけど、乱暴すぎないか?」
「緊急事態では仕方がありません」
環は顔色一つ変えずに返事をした。こういう時に、躊躇なく女を殴れる環はちょっと怖い。目の前の魔女も心なしかドン引きしているようにも見える。
「うぬら、火あぶりじゃ!」
魔女は両手を突き出して火の玉を乱射してきた。私は気絶した嬢を抱えて部屋から飛び出した。残りの二人も後に続く。
「琴葉!」
「はい!」
「このお姉さん連れて外に避難しろ。私らはここで奴の相手をするが、たぶんすぐに外での戦いになるから準備しとけ」
「分かりました!」
5階の廊下で琴葉に嬢を託し、私たちは追いすがる魔女の方へ方向転換した。
「燃え立つ火柱よ、剣となりて我に従え。フレイムソード!」
「光の聖霊よ、我が剣となりて闇を切り裂け! セイクリッドブレード!!」
閉鎖空間での拡散型魔法は建物ごと吹き飛ぶ可能性があり危険だ。なので、二人ともマジカルステッキを剣に変えて魔女の相手をすることにした。
「燃え尽きよ! 吉原炎上じゃあ!!」
廊下の先から魔女が火の玉を乱発してくる。前衛にでた私は、フレイムソードを振るってそれを吸収した。
「ヤー!」
入れ替わるように飛び出した環が、魔女目掛けてセイクリッドブレードを突き立てる。
「うぎゃー!」
斬られる寸前に、雄叫びをあげて爆発する魔女。環は爆風に吹き飛ばされる。
「ゲホッ、ゲホゲホッ……」
「大丈夫か環?」
「そこまで喰らってません。まったく滅茶苦茶すぎますよ。ゲホゲホッ」
環はそこまで喰らってないと言いながらも、かなりキツそうに顔をしかめている。肋骨が何本か逝ってても戦い続けたことがあるのでちょっと心配だ。
粉塵が治まり視界が開けてくると、天井の大きな穴から灰色の空が覗いていた。
「行くぞ!」
ラブホから上空に出た途端、魔女の蹴りが私に襲い掛かってきた。地上に墜落した私は、女郎蜘蛛の巣に絡み取られる。
「ケケケケケケケ!」
「くっそ、気持ち悪いんだよ! こっちくんな!」
蹴られた衝撃でステッキの炎が消えてしまった。このままだと、新たな魔法を詠唱する前に蜘蛛たちが襲い掛かってきてしまう。まだ魔女を倒してないのにダメージを喰らうのはヤバい。3匹の蜘蛛が襲い掛かろうとしてきたと思いきや。
「え? なに?」
蜘蛛たちは、巣を巧みに選り分けて、私を地面に降ろしてくれた。よく見ると連中の目がハート型になってピンクの光を発していた。
「大丈夫ですか椿先輩?」
「琴葉! お前が操ってたのか!」
「女郎蜘蛛たちが統制の取れてない動きをしてたので魔法効くかなとかけてみたんです」
魔女が自らの戦闘に集中したことで配下の統制が薄れたらしい。ここは一気に決着をつけるチャンスだ。
「琴葉! 蜘蛛を操って百軒店の原状回復をしろ」
「魔女を倒すのに加勢しなくて良いんですか?」
「まだお前の経験値では危ない」
「でも!」
「足手まといになるからすっこんでろ!」
「もう!」
魔女の戦い方は狡猾だ。さっきだって環がかなりのダメージを喰らったように、琴葉が出張ってきて狙い撃ちにされたらたまったもんじゃない。不満顔の彼女を残し、私は上空の戦いに戻った。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
気持ち悪い声を上げながら花魁魔女は、環に向けて火の玉を乱発していた。一方、環は先ほど喰らったダメージの影響か、防戦しながら大通り上空へ徐々に後退していた。
「コノヤロー!」
私は急上昇しながら、魔女のアゴにパンチを叩き込む。
「ぐぎゃっ!」
仰け反った魔女に、握りしめた両手を上から振り下ろす。墜落していった魔女で文化村通りに大きなクレーターを作った。
「先輩、またクレームが来ますよ」
「魔女相手は非常事態なんだから、大丈夫だって! それに、今からトドメさすにはあそこじゃないとダメなんだよ」
「まさか先輩?!」
「すべてを焼き尽くす業火よ! 漆黒の球体となり、地獄へと誘う導きとなれ! ヘルフレイムアポカリプト!」
天に掲げられた両手の先に、黒々とした直径10メートルの火球が成長する。漆黒の軌跡を残しながら、振り下ろした先に待つ花魁魔女へと落ちて行った。火球に覆われて魔女が消失するかに思われた刹那。
「オーホッホッホッホッホ!」
黒々とした業火がクレーターの周辺に流れ落ち、中央に黒々とした傘の骨組みが現れた。
「何で、原宿の魔女が?」
環が目を見開いて呟いた。以前のワーウルフ戦で邪魔をしてきた魔女が突如現れて、花魁魔女を助けたのだ。黒々としたゴスロリ衣装の原宿の魔女は、倒れていた花魁魔女の手を取り助け起こした。
「仲がいいなんて聞いてないよ」
「いや待ってください先輩! どうも様子がおかしいですよ」
なんだか助け起こされた花魁は、ゴスロリ魔女の手を振りほどこうとしているように見える。段々必死に体をくねらせる花魁に対して、全く手を離さないゴスロリ。
「やっぱ、仲悪いんじゃね?」
「あ! 原宿の魔女が口を拡げた!」
「喰ってやがる……」
頭が外れたのかと思うほど口を大きく開いた原宿の魔女は、花魁の頭を丸々呑み込んで行き、そのまま仰け反った勢いで花魁の両脚が真っ逆さまに天を仰ぐと、ウワバミみたいに丸呑みしたのだった。
「人のシマを荒らす女は、許しませんことよ。オーホッホッホ!」
そう叫んだ後、原宿の魔女は跡形もなく姿を消した。
「私らが弱らせたところを狙い撃ちにしてきやがった! あのクソ魔女が!」
「まぁまぁ、無事消滅したんだから結果オーライじゃないですか先輩」
「そうも言えないじゃん。だって、あいつ花魁喰って絶対パワーアップしてるだろ」
私たちは、何とも歯切れの悪い幕切れとなった戦いを振り返りながら、琴葉の待つラブホ街へと戻って行った。
戦いも終わって、取り残された客たちも帰路につこうと道端に出てきていた。
「はい、向こうは蜘蛛の巣があって通り抜けできません! こちら側を通って下さい!」
ピンキーな魔法少女姿の琴葉が、声を張り上げてラブホ街の通行人を誘導している。ホテルから出てきたカップルたちは隠れるようにそそくさと立ち去って行った。
そんな中、バトルの有ったおんぼろラブホの真横に建つ真新しいブティックホテルからチャラい大学生っぽい男が出てきた。
「あー! やっぱり!」
「げ! 琴葉!」
「さっき、ヒロくんのオーラ感じて変だなって思ったんだ。こんなところで何してるの?」
「えっと、言ってなかったっけか。バイトしてんだよ」
「バイトにそんなオシャレしていくの?」
「これは、これから大学の飲み会があってさ!」
ヒロくんは明らかに目が泳いでいる。琴葉が容赦ない追及を続けようとしたところに、新たな人物がブティックホテルから出てきた。
「もー、待っててよヒロ! 先に行くなんてズルいじゃん!」
小麦色の肌に金パのギャルがミニスカートの裾を直しながら愚痴を言ってきた。琴葉は口をあんぐりと開けて無言のまま立ち尽くした。
「ほら行くぞ! あとでメールするから!」
「何よ! 痛いって!」
ヒロくんは、ギャルの腕を強引に引っ張って逃げ去るように、この場から立ち去った。
「誰ですかあの人は?」
「カ・レ・シ……」
環の質問に、ロボットのように答える琴葉なのであった。
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