第36話 東京魔法少女

「早くトドメを!」

 上空の誰かが叫んだ。環がゆっくりと近づいて来る。彼女の頬にはとめどなく涙が伝い落ちていた。

「光の聖霊よ、我が剣となりて闇を切り裂け! セイクリッドブレード!!」

 環のステッキから上空へ光の柱は上る。

「先輩。今から神聖な光であなたの中の闇を焼き切ります。どうか、持ちこたえて下さい」

 そう言うと、彼女は剣を振り下ろし、私の胸に突き立てた。突き立てられた心臓から血管を伝って激痛が全身に巡っていく。痛みの奔流が太い血管から枝分かれし、微細な毛細血管を通じて指先まで拡がった。

「痛い、痛、い痛い、痛い。苦しい、苦しいよ! なんで、ハァハァ、こんな酷い事するの? アアアアアア!!! 助けて、助けて環!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。うぅ……ひっく」

 彼女の清らかな魂に取り付いた僅かな黒点、ソレがやがて染みとなり拡がっていく。この体が朽ちても、彼女の苦しみ、後悔、絶望、数多の負の感情が私を受け入れる素地となるだろう。ああ、なんと愛しいのだろう。清らかな処女が黒い感情に汚されていく。私の感じる痛みがそのまま彼女の苦しみとなり、私に力を与える。

「助けて! 助けて環! 見捨てないで! 痛いよ痛いよ! ……もう、コロシテ」

 彼女は剣から手を離し、地面にへたり込んだ。

「出来ない。私には……。もうこれ以上、先輩を傷つけることなんて……。うぅ……」

 弱い女。私を殺し、その罪を背負う勇気も度胸も無い甘ちゃんが! マズい、何とかしなくては。上の連中が手を出してくる前に。

「ありがとう環。助けてくれて、救ってくれてありがとう。もう、大丈夫だよ。こっちに来て!」

「先輩?」

「さぁ、早く!」

『行っちゃダメだ! 罠だぞ! 魔女に取り込まれるな!』

 上空からの声に、環は戸惑いの表情を見せた。

「連中に何が分かるの環? あいつらは私たちの事なんて何も考えてないわ。さぁ、来て!」

「分かりました先輩……」

『行くな―!』

 環は、立ち上がり私を抱きしめようと手を伸ばした。

「何?」

「すみません先輩。誰かにやられるなら私があなたと決着を付けます」

 伸ばされた手は、私の首を掴み、絞めつけてきた。

 まぁ、いいや。

 友の手で死にゆくコレは魔女となるだろう。私は地に戻り、いずれまた箱を見つければ良い。彼女の中には黒い染みが育つだろう。そして、来るべき7ノ月がヤッテクル。


「止めろ!」

 首元が緩み、空気が肺に送り込まれた。ホワイトアウトしつつあった視界が戻ってくる。環は地面に横たわり、私との間には、ひとりの男が居た。ダレダオマエハ!?

「裕二?!」

「中継見てたら、助けなきゃってさ。ハハ! 今の俺、ヒーローみたいだな」

「何呑気な事言ってんのバカ! あっ?! アガガガバガガワアワガハ……」

「どうした? 大丈夫か?」

 ダメダダメダダメダ! こいつの所為でずっと苦しんで来たのだろう? 一番の不幸の原因はコイツ! 流されたら不幸にナルゾ!

「違う! 裕二は! 裕二は! 最後には私の事を一番に考えてくれているもん!」

 騙されるな。さっきだって、11年待ち望んだ、お前の望みを叶えるよりも、戦わせることを選んだではないか?

「……そうだけど。でも、それは人として正しい行いだわ」

 世界を救うために、お前は犠牲になって来たのではないのか? お前を救ってくれる最後の望み。それを捨て去ったのはコイツじゃないのか?

「でも、でも、でも、でも……。私どうしたら?!」


「裕二さん! 先輩を助けて下さい!」

「え? どういうこと環ちゃん?」

「裕二さんが来てから、先輩は元に戻りかけてます。だから、悔しいけどあなたにしか先輩は救えません!」

「わかったぜ! おい! 美紀子!」

 彼は私に抱き着いてキスをした。私は彼の背中に手を回し爪を立て、服を突き破り肉に食い込ませた。苦悶の表情になりながらも、彼は私を離さない。

「うぅ、クッ! 美紀ちゃん、僕は一生、君を愛し続けると誓っただろ?」

 彼の言葉を聞いて、私の意識は11年前の夏を回想する。


 魔法少女に変身し、初めて使った魔法によって、クラーケンは消滅した。港は甚大な被害を受けたが、中心部の被害はなんとか食い止めた。クラーケンを倒した後、ボーっと空に浮かんでいると、青とピンクの魔法少女が近づいてきた。

「あなた凄いわね!」

「どこの所属なの? 応援要請出してまだそんな時間たって無いのに、直ぐ到着したよね」

 近くで見る二人は、青いおかっぱにセーラー服っぽいのと、ピンクの三つ編みに幼女がお出かけで着てそうなピンクドレスのメガネっ子。

「いや、あんたらのお仲間からステッキ渡されて、良く分からないうちに、こうなっちゃった」

「え?!ミカ大丈夫なの?」

 青が心配そうに聞いてきた。

「分からない。でも、死んではいない。たぶん、あそこに」

 指さす先では、裕二の膝枕の上でスヤスヤ寝ている長髪の女の子がいた。百メートルは離れているのに、そんな細かいことが分るのに気がついてびっくりした。私たちは彼女の元へ降りて行った。

「どうやら、大丈夫そうね。この子、クソ弱っちいのよ」

「え? そうなんですか! てっきり瀕死の重傷かと思った」

 ピンクの言葉遣いに、それまで抱いていた魔法少女に対するイメージが崩された。

「あれ、なんかもっとおしとやかかと思ってた」

「ああ、メンゴメンゴ! 私ら日々、魔獣と殺し合いしてるからね。実際はすれっからしのズベコウどもよ」

「そうなんですか……」

「あんたさ、才能有るみたいだし、魔法少女になってみたら? たぶん、東京で活躍できるくらいだと思うし。トッププレイヤーになれば、年収3千万は堅いよ」

「え?! そんなに貰えるっすか! 美紀ちゃん! 魔法少女になりなよ!」

「何言ってんの裕二! マホショになったら処女のままじゃなきゃいけないのよ?」

「そっかぁ。それはヤダなぁ~」

「あんたら付き合ってんの?」

「ええ、そうですけど」

「将来のこと考えてる?」

「俺はいずれ結婚したいと思ってるっす」

「こらバカ! 裕二! 人前で何言い出すのよ!」

「だったら、3年か4年頑張れば、家買えるだけお金貯まるんだから。将来のこと考えてそれくらい我慢しなよ? それとも、口先だけで体だけが目的なの?」

「そんなことないっすよ! 一生、美紀ちゃんを愛し続けることを誓います!」

「だったら決まりね!」


 意識が現在に戻り、苦悶の表情になりながらも私を見つめ続ける彼の瞳が11年前と何も変わりないことを確信した。彼が私にもう一度唇を重ねてきて、目を閉じた私は力を抜いて彼に身を委ねた。

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