第35話 魔女

「先輩。新宿のマホショも同じことをして歯が立ちませんでした」

「それ、早く言ってよー! 環ぃー!」

 だからと言って、接近戦を挑んだら隙を突いて魔女が襲ってくるかもしれない。ここは私が魔女を引き付け、ケルベロスは二人に任せるしかないか。

「琴葉、ケルベロスを抑えられるか?」

「やってみます!」

「環、私が魔女とタイマン張ってる間に、ケルベロスを仕留めろ」

「大丈夫ですか? 原宿の魔女は百軒店の件でパワーアップしてますよ」

「ええ。あいつには私の獲物を横取りされたからね。お返しにぶっ飛ばしてやるわよ」

「先輩……」

 私の顔を見て、その決意を理解した環はもうそれ以上何も言わなかった。私は、上空に飛び立ち、交番裏のビル屋上に降り立った。

「燃え立つ火柱よ、剣となりて我に従え。フレイムソード!」

 私は、フレイムソードで屋上にある巨大看板の接合部分を切り裂いた。

「これでも喰らえ、腐れゴスロリ魔女が!」

 思いっきり蹴りを入れると、巨大看板は真っ逆さまに地上の交番の上へと落下していった。魔女は飛び上がってそれを避けようとする。そこへ間髪入れずにファイアーボールをお見舞いすると、魔女は、傘を広げて前に出してガード。私は狙いすまして、ライダーキックのように両足をぶち込んだ。

『キャー!!!』

 魔女は叫び声を上げて、渋谷駅方面へ吹っ飛んで行った。後は、残った二人が早めにケルベロスを倒してくれれば良いのだけれど。


 魔女は、西武の連絡橋に足を着き、垂直に立った。追い打ちをかけようと剣を前にして突進したが、魔女の手の動きに合わせて、上空からグリフォンの集団が襲い掛かってきた。

『ウォー! 死に晒せー!』

 私が、グリフォンに囲まれて近づけないで居るところへ、魔女から放出される黒々とした闇の奔流が襲い掛かってきた。グリフォンもろ共飲み込まれそうになった刹那。

「燃え立つ火柱よ、荒波のように立ち昇れ! ワイルドファイアーウェーブ!」

 立ち昇った火炎の荒波が闇の奔流を飲み込んだ。目の前に立ちはだかるように新宿の赤い魔法少女が私を背にして浮かんでいた。

「あ、ありがとう。助かった」

「ふん。そのグリフォンどもは私の獲物なんでね。あんたは自分の獲物をさっさと狩って来なさいよ」

 振り返った新宿の女は、私の周りに取り付いたグリフォンを薙ぎ払い始めた。なんとか囲みから脱出した私は、距離を取ろうとする魔女に追いすがる。魔女が山手線の線路際まで後退して東側へ渡ろうとすると、高架の向う側から現れた港区の魔法少女たちの攻撃がそれを防ごうとした。たまらず方向転換した魔女は渋谷駅方向を目指す。私は井の頭通りから斜めに西部を飛び越えて、TSUTAYAの上から魔女目掛けて急降下した。

「当たれー!」

 当たる寸前で魔女は傘を広げて受け、両足で地面を掘り返しながら、ハチ公像の手前で止まった。その後、閉じられた傘対剣の打ち合いが、ハチ公前広場で繰り広げられるも、近接戦闘での動きは私の方が早い。遂には彼女の傘を叩き落し、フレイムソードを魔女の体にフレイムソードを突き立てた。

「消え去れー!」

『ウギャー!!!』

 魔女が紫の煙となり、ゴスロリ衣装を残して消え去った。

「やりましたね先輩!」

「ああ、やっとケリをつけた」

 センター街を駆けてきた環の声に応えようと、ステッキを魔女の抜け殻から抜き去って、立ち上がった瞬間。

 ――グサッ。

「え? なんで……」

 黒い傘の骨組みが、私の左胸に突き刺さった。

「先輩!」

「椿先輩!」


 薄れゆく意識の中で理解した。原宿の魔女は本体を傘に移し、肉体には支配下の花魁魔女を残したのだと。すべては彼女の計画通りに。狡猾な彼女が自ら前に立って攻撃するなんて最初からおかしかったのだ。彼女は知っていた。私の中に育つ黒い魂を。何故なら、彼女が渋谷なのだから。原宿の魔女すら仮の姿、彼女は渋谷という街それ自体が魔女の形を取ったモノ。都市の視点で、渋谷に生活する私たちを眺めていたのだ。だから、知っている。私の渋谷での苦難。都市生活者の闇、裏切り、恨み、恐れ、悲嘆、失望、絶望。急速な戦後の発展の中で全てを眺めていたんだ。

 彼女は私の中に入り、私と一つになる。蘇る私の中の黒い影。やり切れぬ思い、生き辛さ、失望が、怒りとなって闇が全てを覆いつくす。


『恨みはらさでおくべきか!』


「先輩! どうしちゃったんですか?」

「椿先輩! しっかりしてください!」

 琴葉が近づいて来る。何も知らない愚かな田舎者少女が。私は油断しきった彼女に剣を振り下ろす。

「うっ!」

「何をするんですか先輩!」

 倒れ込み痛がる琴葉。チッ、フレイムソードが消えてステッキで殴りつけただけになってるじゃない。これじゃ、致命傷は与えられない。その目はなんだ環。

「まさか、取り付かれたんですか?!」

「逃げるのよ環! 私はコントロール効かない!」

 チッ、まだ完全に混ざりあってない。体は支配したのに、何処に心が残っているのだろう? ん? 何かが来る!

「火の聖霊よ。全てを燃え尽くす怒りの鉄槌を! ヘルファイアーバースト!」

 私は傘を広げて、攻撃を受け流した。

「何をするんですか! 先輩を殺す気ですか!」

「その通りよ、渋谷の魔法少女さん。あの姿を見なさい。彼女は既に魔女に取り付かれてるわ」

 私のドレスは既に白き衣も漆黒に染まった。燃えるような赤い髪も紫と赤紫が混じり合うものに落ち着く。

「勝手な判断はしないでください! ここは渋谷だ! あなたの縄張りじゃない! 先輩、踏ん張って下さい!」

「ふん! 助けてやろうと思ったのに。どうせそのうち上から処分命令が来るわよ」

 赤い女は空に飛び去って行った。残るは環独り。確実に仕留めてヤル。


「燃え盛る炎を包む、熱き球の連なりよ! 地獄の業火のように全てを焼き尽くせ。ファイアーボール!!」

「光り輝く精霊よ。七色に輝く障壁となり我を護れ! オーロラウォール!」

 幻想的に光るオーロラの壁が火球を消し去った。その隙に、環は琴葉を抱えてセンター街に退避した。まぁ良い。環は私に攻撃できない。じわじわ追い詰めて仕留めてやろう。先ずは周辺に女郎蜘蛛を召喚し、退路を塞ぐ。もう、袋のネズミだ。

 センター街をゆっくりと進んでいく。着々と蜘蛛が逃げ道に糸を張り巡らす。

「先輩! あなたはそんな弱い女じゃ無いはずだ! 心を取り戻して!」

 環はセイクリッドブレードを構えて、こちらを睨んでいる。戸惑いを隠せないその表情で私に斬り込んで来れるのかな? 私は立ちどまり、環を睨み返した。何もしない時間がいたずらに過ぎて行く。

「もう大丈夫だね」

「え?」

 私はニヤリと笑みが漏れた。既に蜘蛛の巣で出来た袋小路はビルの上まで覆い隠していたのだ。

「すべてを焼き尽くす業火よ! 漆黒の球体となり、地獄へと誘う導きとなれ! ヘルフレイムアポカリプト!」

 天に掲げられた両手の先に、黒々とした火球が成長する。道幅いっぱいにまで成長したソレから逃げるには、私に立ち向かって来る他ない。

「勝負はついたね環! 私に歯向かうなんて百年早いんだよ!」

「先輩……、御免なさい」

「何?」

 悲しい顔をして環が呟いた矢先、私の体を緑の蔦が縦横に絡めとった。首に巻きついた蔦が閉まる。苦しさの余り集中が乱れ、蔦をはぎ取ろうと手を降ろしたために火球は消失してしまった。

「本部から処分命令が下りました」

 振り返るとギブスで手足を固めた青葉が後方からから蔦が伸ばしていた。そして、いつの間にかビルの間に張めぐらされた蜘蛛の巣は消え去り、その上では街の明かりに照り返された灰色の空を背に十数人の魔法少女たちが私を見下ろしていた。

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