第34話 センター街

「ねぇ、携帯なってるよ美紀ちゃん」

「いいよ、放っておきましょう」

 私は裕二の手を引っ張って、キングサイズのベッドの上に登った。一緒に横になると、心臓の鼓動が早くなってきたのを感じる。見つめる先の彼の体はまだ少し濡れていて、窓から入る冬の光に水滴がキラキラ輝いていた。彼は舌を這わせながら、両手を私の体に回し、強く抱きしめてきた。

 しかし、裕二は「やっぱ、気になる」と言って留守電になって切れても何度もまた鳴りだす携帯を止めにベッドから離れた。

「美紀ちゃん。司令部からみたいだよ? 出なくて良いの? あと、オニババアって人からも、これ誰?」

「橘署長よ。いったい何よ。謹慎にしたくせに。出るの終わってからにしましょうよ」

「なんか、緊急事態なんじゃないの? もう10件以上着信入ってるよ」

 裕二は、私を無視して勝手に留守番メッセージにダイヤルした。

『……メッセージを再生します。……椿早く戻って! 渋谷が大変なの!』

『……早く出なさいよクソッ! 原宿の魔女がセンター街で暴れ回ってるのよ!』

『……大変よ。青葉がやられた! 他の区にも応援要請出してるけど、中心部に魔獣が溢れかえってるわ! 早く司令部に!』


「何なのよ! まったく」

 起き上がった私はベッドに拳を叩きつけた。

「……行けよ」

 裕二が背を向けて、言ってきた。

「裕二……、私はあなたの方が大事。だからベッドに戻って」

「ダメだよ。渋谷がどうなっても良いのか?」

「大丈夫。他の区から応援が行くみたいだから、私が居なくったって」

 私はベッドから降りて、裕二の背中に身を寄せた。

「ね。あなたとしたいの。お願い」

「美紀ちゃん」

 振り返った裕二は、私を抱きしめベッドに押し倒した。そのまま、欲望のままに流されて行くかと思いきや、裕二は戸惑いの言葉を発した。

「やっぱマズいよ。魔法少女に二度となれないんだよ?」

「裕二、薬の所為でずっと勃起したままでしょ?」

「何言い出すんだよ!」

「抜かないで、1日ずっと勃起したままだとおチンチン壊死するわよ。雑誌で読んだことある」

「何だって?!」

 驚いた隙に体の上下を入れ替わり、彼の上にまたがった。そのまま擦りつけ、受け入れようと彼のモノを手で握った。

「お願い裕二。私を解放して」

 上から見つめていると、裕二の胸板に、水滴がぽつぽつと落ちた。彼は両手を伸ばして私をきつく抱きしめた。いつの間にか、涙が溢れ出していた。

「うぅ、ごめんね。裕二ごめんね」

「いいんだよ。これでいいんだ。俺もオーディション全敗で地元に戻ろうかと弱気になってた。夢を諦めるには良い頃だってさ。でも、それに美紀ちゃんを巻き込んじゃいけないよな。いつだって正義に生きる美紀ちゃんの事が僕は好きなんだ」

「裕二。行って良いの?」

「新幹線の駅まで送るよ」

「愛してるわ裕二」

「僕もだよ美紀ちゃん。だから、行く前に……」

「なぁに?」

「チンチン壊死するのヤだから、フェラで抜いてくれ!」

「はぁ?」

 

 いつもだったらブン殴っている所だけど、今日のところは私にも非があったので、治めてヤルことにした。私は財布を取り出して、部屋に設置された大人の自販機からローションと電動器具おもちゃを購入した。

「え? 何するの? 美紀ちゃ……」

「時間がないでしょ? だから、こうするのよ!」

 ――アー!!!

 裕二は聞いたことも無い声を出して果てた。勃起が治まるまで連続で抜かれた彼は、まるで仙人のように穏やかになっていた。

「それでは、おおくりしましょうかのう。美紀子さんや」


 その後、ラブホから軽自動車で駅に送ってもらい、ひとり新幹線で東京へ。あらかじめ連絡を入れておいたので、東京駅のホームで待ち構えていた職員からステッキを受けとり変身し、すぐさま渋谷へ向けて飛び立った。

 皇居外苑を掠め、霞が関ビルを越えると、青山墓地の先から、煙が夕暮れ時の空に向けて上っているのが見えた。たどり着いた出火元の渋谷駅周辺は、さながら戦場と化していた。

「椿先輩!」

 琴葉が東口にたどり着いた私を見つけ、東急文化会館の上空で合流した。

「戦況は?」

「最初は、センター街でワーウルフが出ただけだったんですけど、私たちが駆けつけたら、グリフォンやガーゴイルが空から降ってきて、青葉さんが、蔦を張り巡らせて動きを封じ込めようとしていた隙を原宿の魔法少女がいきなり襲って、うぅ……、青葉さんが……」

「しっかりしろ! 命に別状はないんだろ?」

「はい。環先輩が治療して、でも、骨折が酷くて……。青葉さん私を助けるために犠牲に、うわーん!」

「泣いてる暇あったら説明しろ! それで、応援要請出したんだな?」

「はい。でも、マルキューから上の宇田川町全体が魔女の支配下に。なんとか新宿と港区・目黒区のマホショが上空と側面でこれ以上広がらないように防いでくれています」

「要するに、中まで攻め入る気は無いって訳ね。ケッ、自分のケツは自分で拭けってか、クソ野郎どもが!」

「環先輩がセンター街入り口に居ます。合流して、魔女を倒さない限りどうにもならないと思います」

「3人居れば十分だ。行くぞ琴葉!」

「はい!」


 渋谷駅を飛び越え、人気のないスクランブル交差点に降り立つ。センター街の奥から白い発光が散発的に見えた。先に進むと最初の交差点とHMVの間で剣を振り回し、ワーウルフを相手にしている環がいた。動きが早くて数も多いため、どうやら大技を使えずにいるようだった。

「飛べ環! 燃え盛る炎を包む、熱き球の連なりよ! 地獄の業火のように全てを焼き尽くせ。ファイアーボール!!」

 環が空高くジャンプした間隙を縫って放たれた火の玉の連射が、ワーウルフたちに襲い掛かった。視界の外からいきなり現れた火球にワーウルフどもは不意を突かれてまともにくらう。

「先輩!」

「魔女は何処だ?」

「たぶん、三角州の交番に居るんじゃないかと思います」

「だったら、もう一本上じゃん」

「裏道を制圧しておかないと、数で掛かられたら対処しきれません」

「だったら、とっととステーキ屋まで制圧しちゃおうよ」

「はい!」

 そのままセンター街を突き辺りまで制圧し、私たちは引き返して井の頭通に出た。スペイン坂入り口辺りまで来ると、小さな灰色の交番の上に立つ、骨組みだけの日傘をさしたゴスロリ少女が見えた。

「さぁ、あいつをぶっ倒して終わらせようぜ」

「先輩、魔女の前にまだアレがいます」

 琴葉が指さす先、交番の裏手から黄色い目を光らせた真っ黒な頭が顔を出した。

「何? ワーウルフのデカブツか?」

「いえ。ケルベロスです」

 出てきた頭は一つだけに止まらず、計3つの頭を持った体長5メートル越えの巨大な犬の怪物――ケルベロス――が、その漆黒の体を交番の前に躍らせた。


「ケルベロスだろうが、ケンタウロスだろうが、私の魔法で燃え尽くしてやる! 喰らえ! 闇夜も燃え尽くす業火よ! 紅蓮の炎ですべてを焼き尽くせ! アポカリプスヘルバースト!!!」

 炎の奔流がステッキから放たれ、ケルベロスを包みこんだかに見えた。しかし。

 ――ウヴォー!!!

 奴の叫び声と共に交番の手前で大爆発が起こり、周囲の建物から割れたガラス片がバラバラと道路に散乱した。炎と煙が消え去り見えた3つの大きく開かれた口の中には、メラメラと燃え盛る青白い火種が垣間見えた。

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